フェラーリの偉大なるスーパーカー!伝説に残るモデルを一気に試乗比較!

Photography:Matthew Howell



3台がテール・トゥ・ノーズで並んだこの写真は、類人猿からホモサピエンスへの進化の過程を表す模式図を思わせる。



両端の2台には見るからに大きな隔たりがある。シャープで地面に貼りついたF40と比べると、曲線的な288 GTOのグランドクリアランスがオフロードカー並みに見える。間に10年はありそうだが、実はたった2年である。この2台をつなぐ進化上のミッシングリンクが、中央の288 GTOエヴォルツィオーネだ。

 
競技上の要請から、如何にして288GTOのような美しい車が生まれたのか、今もって私には理解できない。しかも見た目に違わず走りも素晴らしい。日常使えるロードカーとしての完成度は、競技上のライバルと目されていたポルシェ959に匹敵する。どちらも、モータースポーツを統括するFISA(国際自動車スポーツ連盟)が1982年に導入したグループBのレギュレーションに則って設計された。
 
結局どちらもグループBのボートに乗り遅れたわけだが、それはおそらくフェラーリもポルシェも、居住性やドライバビリティ、製造品質などで妥協したくなかったからだろう。ホモロゲーションの取得には、同一モデルを200台製造して市販する必要があった。素早く対応したのはラリーの常連だ。最初の完全なグループBスペシャルであるミドシップ4WDのプジョー205 T16は、1985年世界ラリー選手権の開幕に間に合った。ところが1年後には、恐ろしい事故が相次いで発生し、グループBは廃止されてしまうのである。
 
フェラーリは1984年の初めにジュネーヴで288GTOを、10月にパリでテスタロッサを発表した。大出力のフェラーリの中でも、これほど異なる2台は思い浮かばない。フラット12のテスタロッサは512BBの進化形だ。一方、288GTOはレース部門で生まれた。ハーヴィー・ポスルスウェイトは308GTBをベースに、V8を90°回転させて2基のターボを搭載。その後方にギアボックスを配置したため、ホイールベースが伸び、トレッドも広がったので、デザインの手直しが必要となった。
 
ピニンファリーナは1977年のコンセプトカー、ミレキオディで、308の空力の改良点をいくつか提案していた。“ミレキオディ”は“千の釘”を意味し、オーバーフェンダーなどの付加物を固定するため多数のリベットが使われたことを指す。その一部は控えめな形で308QVに採用されたが、288GTOでは、シャベル状のフロントスポイラーから蹴り上げられたテール、ふっくらとしたフェンダーまで、全面的に取り入れられた。
 
ターボチャージャーを担当したチーフエンジニアのニコラ・マテラッツィは、当時フェラーリのサプライヤーだったKKK製ではなく、日本のIHI製ターボの採用を訴え、IHI製ユニットのほうがエンジンにマッチすることを実証してみせた。フラットプレーン・クランクのV8エンジンはボア径をわずかに縮小し、排気量を2927ccから2855ccにダウン。こうすることで、FISAが規定するターボ車の等価係数1.4をかけて、ちょうど4000ccに収まるようにした。厳密には2.9リッター の8気筒だから“298GTO”と呼ぶべきだが、やはり“288”の響きには敵わない。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. ) Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)  原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:John Barker 

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