「世界で最も安全な車」を目指して・・失敗に終わったカナダ製スポーツカーとは?

Octane Uk,hemmings

ガルウィングドアの格好よさを否定できる人はいないだろう。起業家のマルコム・ブリックリンがスポーツカープロジェクトの資金集めをしたときも、そこが肝だった。1970年代のアメリカ自動車市場では、ガルウィングのように人をあっといわせる要素が求められていた。そこにシャープなルックスとV8のパワーが加われば、コルベットを脅かすライバルにもなれる…はずだった。
 
約2300万ドルの資金は、カナダのニューブランズウィック州が提供した。地域が必要としていた雇用を生み出せると考えたのだ。ブリックリンは、コルベットと張り合えるだけでなく、世界で最も安全な車を目指した。車名のSVは"セーフティー・ヴィークル"の頭文字だ。AMCのV8エンジンを搭載する2座スポーツカーで、頑強なグラスファイバー製のボディシェルに、スチール製のロールオーバー構造と5マイルバンパーを装備。これらすべてを最先端のウェッジシェイプにまとめ上げた。
 
1974年6月にニューヨークのフォーシーズンズホテルでSV-1が披露されると、たちまち順番待ちのリストができた。ところが、ファクトリーはまだ本格的には稼働しておらず、製造のペースは需要をはるかに下回った。コストはふくらむ一方で、高価なスポーツカーにもかかわらず、利益が出るようになったのは、ようやく増産が可能となってからだ。
 
エンジニアを悩ませたのがドアだった。ほかにもプロジェクトを破綻に追い込んだ問題点は数多く存在する。ブリックリンのボディシェルはグラスファイバー製だが、外部パネルは軽量なアクリル樹脂に色を浸透させたものだ。巧妙な仕組みではあったが、色の選択はオレンジ、ベージュ、グリーン、白、赤に限られ、製造する過程で無駄が大量に出た。製造工程を洗練するまでに長い時間がかかり、当初は60%のパネルが使い物にならずに捨てられた。
 
AMCのV8エンジンは360cu-inで、220bhpと出力も充分。ギアボックスは4段マニュアルと3段オートマチックから選択できた。AMCは大半のサスペンションのコンポーネントも供給した。


 
こうしてスローペースで納車は始まったものの、さらなる投資が必要となり、しかたなく州政府が追加で資金を投入。おかげで生産は1976年まで続いた。ブリックリンはエンジンの確保に苦労すると、フォードのウィンザーV8にスイッチし、マニュアルのオプションを廃止して、パワーも175bhpに落とした。ドアの開閉メカニズムは油圧式で遅く、根本的な設計ミスからトラブルが多発した。ほかにも品質上の問題は無数に存在し、多くのオーナーが不満を募らせた。
 
会社は1976年に破産管財人の管理下に入る。それまでに製造されたブリックリンSV-1は推定2854台で、現存は約1500台だ。
 
失敗に終わったSV-1だが、少数ながらファンを生み出し、今もアメリカとカナダでは愛好家の間で大切にされている。ただしヨーロッパで見つけるのはひと苦労だ。現在、イギリスにあるのは2台のみで、そのうち1台はヘインズ自動車博物館に収蔵されている。歴史に名を残した興味深い車を所有することには大きな魅力がある。例のドアも、エンスージアストがとうの昔にきちんと作動させる術を編み出しているので、ご安心を。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. ) 原文翻訳:木下 恵 Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA

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