北へ、南へ、シトロエン2CVと30年│第1回:30年前、なぜ2CVを買ったのか その①

Photography: Yoshisuke MAYUMI

第1回:30年前、なぜ2CVを買ったのか その①


1990年7月、社会人となった筆者は最初のボーナスを頭金に、36回払いで新車並行輸入のシトロエン2CVを買った。当時、すでに生産中止が決まっていた2CVのスペシアルは正規ディーラーの西武自動車で150万円ちょっと、並行輸入だと130万円前後の値札が付いていた。チャールストンはたしか+10〜20万円ではなかっただろうか。折からの円高でずいぶん安くなっていた記憶がある。 

2CVを買った理由はいくつかあるけれど、当時、自動車雑誌で絶大な人気を誇った「NAVI」に影響されたことは否定できない。宮崎駿さんが書き下ろした「駆けろ2馬力、風より疾く」という自身の2CVとの思い出話や、白いスペシアルの長期テスト車レポートなど、誌面には2CVがよく登場していた。NAVIの2CV推しにすっかり感化されていたのだ。


30年前からダッシュボードの片隅に居座るトトロ


余談になるが筆者は就職活動の際にNAVI編集部を訪れたことがある。リクルートに内定をもらって、配属希望を問われた際に「カーセンサーです」と答えた瞬間、新卒ならNAVIを受けてもいいことにハッと気づいたのだ。若さとは時に無知であることと同義であって、就職先というと名の知れた大企業しか想像ができていなかった自分の不明を恥じた。

しかし立ち直りが早く、行動力に富むのも若さの証だ。さっそくNAVI編集部に電話を掛けてみたところ、定期採用は行なっていないが履歴書と作文を取りあえず送れと言われた。お題は「私の好きな車」だという。小学生の夏休みの宿題のような題名の作文の中身はもう忘れてしまったが、どうやら最低限の基準はクリアしたようで編集長の面接へと進むことになった。 

当時の編集長はいまも「GQ JAPAN」で活躍されている鈴木正文さんだった。ひとしきり編集部の中を案内してもらって、いよいよ鈴木さんとの面談となったが、ここで筆者は人生最大の失敗を犯すことになる。いくかの質問に答えたあと鈴木さんはこう言った。

「NAVIの書き手で好きな人は誰?」

人生の経験を積んだ今ならわかる。この問いへの正答は「鈴木さんです」だ。編集長といえば一般企業の社長も同然、就職面談の礼儀として当然そう答えるべきなのだ。その後に続けて「ほかにも〇〇さんも好きですね」と本当に好きな書き手の名前を言えば完璧だろう。 

しかし繰り返すが筆者は若かった。正直にも「下野さんです」と答えてしまったのである。当時、NAVIでライバル車同士の比較記事を連載していた下野康史さんのユニークな比喩表現は、車の評論として非常に目新しかった。でも実際のところ鈴木さんの文章も好きだった。特に川崎あたりの工場地帯で撮影したランチアデルタHFインテグラーレの「戦争でなくした足」という記事は最高だった、といまさらフォローしても歴史が変わるはずもない。その後数日して「今年の採用はしないことになりました」という連絡を受けた。

後年、カーセンサーの編集長となり、そのころは「ENGINE」の編集長になっていた鈴木さんと話をする機会を得た。ここぞとばかりに「鈴木さんに落とされたんですよ」と当時のことを問うたけれど「それは大川さんの時代じゃないかなぁ」ととぼけられたのはいい思い出だ。


2年前に幌を張り替えるまで2CVのリアガラスにはNAVIのステッカーが。カーセンサーやオクタン日本版編集部在籍時代は周囲から苦笑を持って迎えられた。


さて、何の話を書いているのだろう。あ、2CVか。そういうわけで2CVを買った理由の一つはNAVIに影響されたことだ。他にも理由があるけれど、それは次回に。

文&写真:馬弓良輔  Words&Photography: Yoshisuke MAYUMI

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