高揚を掻き立てるサウンドを奏でる絶滅危惧種 12気筒│フェラーリ 812スーパーファストの圧倒性

Photography: Atsuo SAKURAI

現在、フェラーリのストラダーレのラインナップにはGTC4ルッソと812スーパーファスト、2つの12気筒モデルがある。
 
うち、2+2のスポーティ&ラグジュアリークーペというフェラーリの伝統的側面を、スポーツワゴンという装いで今日的に消化させたのがルッソだとすれば、スーパーファストはフラッグシップとしての圧倒性を現在に再現させたものになるだろう。

その名前の源流は50年代後半からの410〜400スーパーアメリカに遡る。イタリアの名だたるカロッツェリアに流麗なボディメイクを競わせ、そのフロントに収めた12気筒エンジンが強烈な動力性能をもたらすというキャラクターはフェラーリが、最も巨大かつ購買力の豊かなアメリカ市場に向けて考えたものだ。名は体を表したの如きスーパーアメリカシリーズは、より大きく速く進化を遂げ、64年には5リッターに拡大された12気筒ユニットと空力特性を意識したピニンファリーナの流麗なファストバックボディを併せ持つ500スーパーファストとして結実した。400psを発揮し280km/hの最高速をマークするというスペックが、当時としては破格なものだったことは容易に想像できる。


500 Superfast Series Ⅱ
 
その名を戴く812スーパーファストが搭載するエンジンは、F140系の12気筒だ。65度のバンク角をもつそれは、02年に自らの55周年を記念して作られたエンツォに初めて搭載され、その後はフェラーリの主力ユニットとして継承されている。812スーパーファストのそれはF140GA型となり、前型F12ベルリネッタの6.3リッターからストロークアップで6.5リッターに拡大、ピークパワーの800psを8500rpmでマークする。ちなみにエンツォが搭載していた6lのF140B型の数値が660ps/7800rpmと知れば、十幾年の間に弛まぬリファインが重ねられたのがわかりやすく伝わるかもしれない。


800馬力のV12気筒を搭載するから「812」。フェラーリにしてはシンプルな命名である。ミドシップを当たり前と思う世代のほうが多くなっているが、やはりフェラーリのヘリテージはフロント12気筒エンジンである。6.5リッター NAエンジンには、トランスアクスル方式のトランスミッションは7段DCTが組み合わされる。

 
モダンな設計とはいえ小さくはない12気筒ユニットを可能な限り車体中央側に押し込んで、分割した7段DCTミッションを後軸に置くことでトラクションを理想に近づける。812スーパーファストはトランスアクスルレイアウトの採用で気持ちリア寄りの重量配分と、今日のハイパワーFRスーパースボーツの常套的なパッケージを採っている。それでも800psのパワーは極太のリアタイヤなど無きもののように振る舞うもたやすい。そこで812スーパーファストは緻密なトラクションコントロールやセンシティブなESC、更にはスタビリティ側にも効くバーチャルショートホイールベース=4WSなどの電子制御デバイスを総動員して、従順に躾けている。


812スーパーファストは、先代ともいえるF12ベルリネッタより、フロントのダウンフォースで30%、リアのダウンフォースは12%増加させている。また電動ステアリング(EPS)の採用はフェラーリ初であるし、バーチャルショートホイールベース2.0システム(PCV)という後輪操舵機能も採用され、微妙なステアリング操作にも俊敏に対応してくれる。

 
その繋がれた鎖を巻くも解くも、全てはステアリングに据えられた赤いツマミ次第だ。F1のステアリングスイッチを思い起こさせるマネッティーノはF430から採用されたギミックだが、今ではフェラーリの全モデルに通じるディテールとなっている。しかし812スーパーファストに乗ると、このマネッティーノを頻繁に弄る必要も感じない。山道で足周りを締めて、ちょっとパドルを多用しようかという気分になればレースモードを選択するくらいだろうか。そして、そこから向こうのデバイスカットモードは活かしておくに越したことはない。


ステアリングホイールに用意されるスイッチによりドライブモードほかの設定が可能となる。2シーターだが、その後ろにはフラットで使いやすいラゲッジスペースが用意される。ステッチで飾られた本革ベルトが装備されているあたりも、フラッグシップらしい演出である。メーターナセルのセンターに配されるのはアナログ調のタコメーターである。シフトポジションはデジタル・インジケーターで表示される。
 
アクセルを僅かに踏み込めば必要な推進力は即座に得られる。大排気量エンジンならではのゆとりはもちろんだが、812スーパーファストの美点はそのパワー感がしっとりと滑らかで、いかにも12気筒らしさを感じさせてくれるところだろう。812スーパーファストが上陸した当初、同級他銘柄と連れ立って京都往復のツーリング取材を行ったことがあるが、その際にはこのエンジンのスムーズネスと透明感のあるサウンド、加えて望外な乗り心地の良さなど、走り疲れる要素がダントツで少なかった。50年代以降、ラグジュアリーGTをストラダーレの軸としてきたフェラーリらしいまとまりだと感心したことをよく覚えている。


 
とはいえ、812スーパーファストのパフォーマンスは、スーパースポーツ以外の何ものでもない。操舵当初からゲインがバキバキに立ち上がり、小さくはない車体が嘘のように軽々と身を翻すサマはちょっと演出が効きすぎてるようにも思うが、決して真っ直ぐ走ることが苦手なタイプではない。そしてクローズドコースで真面目に走り始めるとこのハイゲインがしっくり体に馴染むのが不思議でもある。


リアハッチを開ければ一泊二日旅行用のスーツケースがすっきりと入るほどの、かなり実用性の高いトランクルームがあらわれる。


 
それでも812スーパーファストの圧倒的な魅力を問われればまず挙げたくなるのはやはりエンジンの存在感だ。強烈なパワーの高まりと共に9000rpmまで一気に駆け上がる吹け上がりの気持ちよさ、高揚を掻き立てる澄み渡ったサウンドは、今や絶滅危惧種でもある12気筒においても更に別格であることに疑いはない。内燃機の時代を生きてきた我々にとっての記念碑として心に刻むもよし。そしてフェラーリの歴史そのものであるFR 12気筒の末裔として愛でるもよし。自動車趣味の到達点としてこれほどシンボリックな存在もなかなかないだろう。

文:渡辺敏史 写真:桜井敦雄 Words: Toshifumi WATANABE Photography: Atsuo SAKURAI

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