レースシーンから消えたブガッティEB110のストーリー

Bugatti

ブガッティEB110もエットーレ・ブガッティが率いていた時代のブガッティと同様、ル・マン24時間レースの歴史に残ったかもしれない。エットーレ時代には1937年と39年に2度、優勝を果たしている。紙媒体で財を成したマイケル・ホンメルが、シナジーに依頼してEB110SSベースのル・マン・カーを製作し、これに続こうとした。ドライバーはアラン・クディーニ、ジャン・クリストフ・ジュールズ・ブリオン、そして前年の優勝者、エリック・エラリーという面々でGT1カテゴリーでの表彰台を狙った。

しかし、レース序盤での燃料漏れや、全4基のターボチャージャーの交換(うち1基は2度)などで痛手を被っていた。それにもかかわらず、スタートから16時間後でも8位を走っていたのだ。最終的にはアクシデントによりリタイヤを喫した。
 
1995年、ル・マン24時間レースへの参戦こそなかったが、現ヴェンチュリCEOのギルド・パランカ・パストールがWSC GTクラスにEB110で走り注目を浴びた。また、EB110をフィンランド・オウルの氷上にて走らせ、294.6km/hという当時の世界最速記録を樹立している。通常、スパイクタイヤを履くものだが、パストールはノーマルタイヤで走ったというからEB110の走行安定性の圧倒的な高さがうかがえる。この記録は2011年、元ラリードライバー、ユハ・カンクネンがベントレー・スーパースポーツで塗り替えた。
 
1996年、パストールは元F1ドライバー、オリヴィエ・グルイヤール、F1優勝経験者であるフィル・ヒルの息子、デレック・ヒルらとともにデイトナ24時間レースに参戦。一時は7位で走っていたものの、電装系トラブルによりあえなくリタイヤしてしまった。その後、ル・マン24時間への参戦を試みたものの、練習走行中のアクシデントによりカーボンタブを損傷。以後、EB110の勇姿はレースシーンから消えた。

オクタン日本版編集部

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