友人からの何気ない一言だった?ラリーの世界王者がドライバーを目指したきっかけ

Porsche AG

「親友でもあるスキー仲間のヘルベルト・マレチェクがいなかったら、私はプロのラリードライバーにはなっていなかったでしょう」と話すのは、ラリーの世界王者ヴァルター・ロールである。

「ある日、2人で雪山に向かっていた時に『そんな運転するのなら、ラリードライバーかレースドライバーになれよ』と彼がいうので、私は『馬鹿、どこにそんなお金があるんだよ』といい返したのです。すると『お前が一銭も払わなくてもいいなら、プロドライバーになってくれるんだな?俺が車を手配する』といってきました。そこで、私は『援助してくれるなら運転してもいいかな』と返事。そしたら、ヘルベルトは友達が所有する車をすぐさま手配して、私を引っ切りなしに競技ドライバーの道へと誘惑したのです。

その後も彼は 1970 年に彼の父親の持ち株を15000 マルクで売却して、走行距離12万キロに達していたサファリポルシェを購入。ヨーロッパ選手権の一環であったラリー・バヴァリアへ、私たちはこれを駆って参戦しました。私にとってそれは 5 度目のラリー参戦で、トラブルが発生するまではトップを走っていました。一方、ヘルベルトは、それまでの各々のラリー参戦のあとに、専門誌宛に理由と共に『友達のヴァルターは世界最高のドライバーです。ワークス契約が結べるように後押ししてください』という手紙を書いていました。その努力が報われて『ラリーレーシング』誌の編集長が、とある自動車会社に私たちを推薦したのです。その後、私はヨーロッパ選手権で優勝し、FIA のランキングのトップ20入りを果たしました。ここでようやく、レーゲンスブルク司教のもとでの仕事を辞め、『これからプロのラリードライバーになります!』と母親に告げたのです」

オクタン日本版編集部

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