車と、人と、イタリアと。クラシックカーで彩り巡る人生のすすめ



瀧川氏もその"少年の心"を持つひとりである。もともとはスピードレースの世界を楽しんでいたそうだが、1996年に友人のサポートでミッレミリアを経験し、翌1997年にラフェスタ ミッレミリアに参加してからというもの、クラシックカーの世界にのめり込んでいったとのこと。一体、どのような要素が氏を魅了したのであろうか。ハンドメイドで造られているからこそ、曲線などディテールの美しさにデザイナーの想いや才能が具現化されるクラシックカーであるが、それはもはや人間そのものと同じで、繊細であるためトラブルも起きやすい。いつ壊れてもおかしくないと思いながら、最新の車を走らせる人はいないであろう。

また、最新のスポーツカーが持っている最大限の性能を出して走らせてあげられることなどサーキットでしかできないが、クラシックカーであれば充分に力を発揮できると瀧川氏は話す。クラシックカーというものは、小さな異音ひとつが命取りになることも充分にありうるために、常に車の機嫌を伺いながら、一体となって走らせる必要がある。これを面倒に思う人もいるかもしれないが、この"車との対話"こそがクラシックカーと生きることの醍醐味だろう。


 
昔の車を運転することは決して簡単ではないが、それを乗りこなすことが楽しくて仕方がないのだと瀧川氏はいう。そこで頭をよぎったのは、「手に油して自分で車を直すこと自体が、重要な楽しみの一部なのです」という、故小林彰太郎氏の言葉だ。車を愛する人であれば、実に共感できるであろう。ここでひとつ、ことわりを入れたい。瀧川氏は日本にいる期間が限られているため、普段はメカニックに車両管理を任せている。故に、毎日、自分の手を黒に染めることはできない。しかし、車という物体を最高の状態にして最大限のパワーを出させたいという、真の意味で自動車を愛する人間としての精神は全身に注がれているのだ。
 
そんな氏が主にラリーに参加している車は、真っ赤な1949年 OSCA MT4 1100 2ADだ。「目(ヘッドライト)と豚鼻(フロントグリル)の美しいバランスの虜になった」のだとか。「運転してみたら走りも素晴らしく、絶対にほしいという気持ちに駆られた」と話す姿は、甘い初恋を回想する誰かのよう。そして、このオスカは日本ではクラシックカーラリーが開催されるような気配すらない時代に、実際にミッレミリアへ出場しイタリアを走り抜けていた1台だ。おもしろいことに、このオスカをイタリアで所有していたオーナーが、オスカを返してほしいと連絡をしてきているが、譲るつもりはないそうだ。瀧川氏がこのオスカと過ごしてきた時間や経験を思うと、手放すことなど夢のまた夢といえるのではないだろうか。どのような時を歩んできたのだろうか。


 
前述した通り、クラシックカーは手をかけて大事にしていくことが魅力だ。しかし、いくら想いを込めてこまめにメンテナンスを施しているとしても、クラシックカーでラリーに参加することは一筋縄ではいかない。特に、ミッレミリアは出場認定条件も厳しいだけでなく、世界最高峰の過酷なラリーなのである。
 

文:オクタン日本版編集部 写真:佐藤亮太 写真提供:ミッレミリア、瀧川弘幸氏 Words: Octane Japan Photography: Ryota SATO Images:Mille Miglia, Hiroyuki TAKIGAWA

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