独占インタビュー!マツダ MX-5の生みの親のひとり 俣野努氏に聞く開発の舞台裏

octane UK

オリジナルMX-5生みの親のひとりが"トム・マタノ"として知られるデザイナーの俣野努である。『Octane』はプロジェクトのキーパーソンだった彼の独占インタビューを行った。

有名なヒット作の開発やデザインに関わったメンバーは皆崇められがちだが、デザイナーであるトム俣野がMX-5開発を推進した立役者のひとりであることに異論はないだろう。ボブ・ホールに誘われて1983年にチームに加わり、創造的なエネルギーを注ぎ込んだ彼は、ライトウェイトスポーツ(LWS)プロジェクトが生まれた当時のアーヴァインR&Dセンターの雰囲気をこう振り返る。

「私が加わった当時は7、8人がひとつのオフィスで働いていた。原寸大のドローイングに充分な大きさの壁はひとつだけ。そこでまずステープラーで紙を壁に貼り付けるところから始めたのだが、ボスがやってきて、私のデスクの後ろの壁を叩いている奴は誰だ!と雷を落とされたものだ」
 
彼の自由な発想が試されたのはその時だけではない。「フルサイズ・モデルを製作する予算を獲得した後、そこにしか大きな机がなかったので1カ月も会議室を占領した。それはまるで昔のカロッツェリアと同じようなやり方だった」
 
MX-5が根っからの車好きによって開発されたという話はどうやら本当のようだ。「チームの皆が小さな2シーター・コンバーチブルのスポーツカーを所有し、私たちは毎日オフィスで車の話ばかりしていた」と俣野は語る。「私たちは、自分たちがほしい車が高すぎること、あるいは古臭すぎることにまったく憤慨していた。私たちは60年代のスピリットがLWSには欠かせないものと考えていた。とはいえ何か特定の一台を手本にしたわけではない。私たちはロータス・エランやトライアンフ・スピットファイヤなどを購入して、その精神を本社にアピールした。ある若手デザイナーに頼んで、一年間、オープンにしたまま通勤させたこともあった」

編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA Words:Dan Trent

RECOMMENDEDおすすめの記事