「ザ・峠マシン」でアルプスを駆け抜ける!アウディがクワトロを投入してから40年

Photography:Stefan Warte

アウディが独創的なクワトロを投入してから40年が経過。Octaneはクワトロ開発のきっかけとなった軍用車とともに、クワトロのプロトタイプがテスト走行をしたオーストリアのアルプスを駆け抜けた。

私がアルゼンチンのバリローチェで元ラリードライバー、ハンヌ・ミッコラが運転するグループBのアウディ・クワトロA2に同乗走行させてもらって7年が経つ。1983年、ミッコラはマルボロ・ラリー・アルゼンチンで勝利し、ワールド・チャンピオンの座も獲得。その舞台を30年ぶりに走るというイベントだった。思い起こせばミッコラの勝利から7年間、ラリーシーンにおいてクワトロは表彰台を独占した。モータースポーツの歴史において、最もエキサイティングな時代のひとつであった。
 
オーストリアのグルクターラー・アルプス西側に位置し、最大勾配23%を誇るトゥルラッハー・ヘーエが今回の撮影舞台だった。ヨーロッパでも有数の傾斜地で、かつてアウディ・クワトロをテストした場所でもあった。クワトロの"市販車" は今から40年前、1980年3月3日にジュネーヴ・モーターショーでお披露目された。雪が積もるトゥルラッハー・ヘーエにクワトロのプロトタイプを持ち込み、アウディのエンジニアは四輪駆動のスポーツクーペの優位性を関係者に披露した⋯。タイヤチェーン未装着で。
 
そうした逸話が残る場所で、クワトロのステアリングを握った私は、ヨルク・ベンジンガーやヴァルター・トレザーなどと、アウディの開発チームに在籍していたローラント・グンペルトと落ち合う約束をしていた。彼らが現代のアウディの礎となったドライブトレイン「クワトロ」を創り上げたといってもいい。まさにアウディのスローガン「Vorsprung durch Technik」(技術による先進)の通りだ。そして、ラリーにおいて四輪駆動を採用しないマシンは敗退していった。ライバルメーカーもアウディに触発され、四輪駆動がセダン、クーペ、ステーションワゴン、SUVなど幅広く展開されていくことになった。今日、アウディが販売する車両の実に45%がクワトロである。ライバルに目を向けてみればメルセデス・ベンツには4マチック、BMWにはXドライブ、ジャガーでさえAWDと、各社が四輪駆動をラインナップしているが、アウディのクワトロほどの存在感はない。


 
VW帝国のなかでも"風変りでちょっと高級" という、かつてのアウディの立ち位置からの脱却はクワトロと無縁ではない。それどころかこの10年強、アウディは世界有数の高級車メーカーとなっている。にわかに信じられないだろうが、軍用オフロード車両にインスパイアされたクワトロを造っていなかったら、今のアウディはなかっただろう。初代クワトロは個性豊かであり、風変りであり、スリルに溢れた5気筒ターボエンジンを搭載し、アウディのアイコンとなった。この"一作"だけでアウディにとっての象徴が誕生した。

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA (carkingdom) Words:Glen Waddington Photography:Stefan Warte

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