ポルシェ 930ターボの強さ│姿を消していた一台のヒストリーを辿って


 
911ターボの名を与えられた生産車は1972年のごく早い時期に、主にホモロゲーションを取得することを目的に開発が始められた。それはポルシェが以前にカレラ2.7RS やRSRで採ったのと同じやり方であった。911ターボは1975年に発売されるや瞬く間に当初の目的である400台生産をクリアしただけでなく、初年度生産分の約1000台を売り切った。"くじらの尻尾"と評される長いボディ後半部は路上のステイタスシンボルになっただけでなく、パッとしたモデルが出なかった1980年代いっぱいまで911ターボはポルシェの人気を独り占めした。

この10年間で最良のポルシェであったことは誰もが認めるところだろう。販売台数も928と964ターボを足してようやく911ターボを上回ることができたくらいだが、ポルシェで"光り輝く車"とは人を虜にする要素を数多く持っているものなのである。911ターボはまさにそうした車であり、快適性と最速のパフォーマンスを両立させたドイツ車の座に、およそ15年にもわたって君臨したのである。これはもはや伝説と言ってよいだろう。



ル・マンを戦ったあと930はヒルクライムのスペシャリストであるウォルター・ポウリに売却され、40年以上を彼のもとで過ごすことになる。ポウリは1980年代中頃までこの930を駆ってスイスのヒルクライム・イベントで幅広く活躍し、中でも同国では有名なベルグレンネン・アム・グルニゲルというヒルクライムの1976年大会で見事優勝を飾ったというのが最高の栄誉だ。車のダッシュボードには、ル・マンGTXクラス優勝のプラークの隣りにそれを讃えるステッカーが貼られているが、この車で得た輝かしい栄光はほかにも覚え切れないほどあるという。

ポウリの手を離れたあと930ターボは3人目のスイス人オーナー、ロルフ・ジーグリストに引き継がれた。彼は細かいことまでよく覚えていた。930ターボを初めて見た時からかなり高いオリジナル性を保っている点に注目。何か特別な車であることを認識し、過去の足跡を検証したという。


さらに調べると驚く事実が・・・次回へ続く

編集翻訳:尾澤英彦 Transcreation:Hidehiko OZAWA Words:James Elliott  Photography:Jonathan Fleetwood

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