世紀の対決、再び「頂上決戦 アストンマーティンvsブガッティ」

Photography:Max Earey


 
クローバーリーフで特に先進的だったのが、4輪すべてに働くブレーキシステムである。二系統式で、前輪はフットブレーキで、後輪はハンドブレーキで操作し、すべてケーブルによって作動した。もうひとつ、ウォーターポンプを備えたことも革新的だった(当時は自然環流式が一般的だった)。とはいえ、平らなシリンダーヘッドの上を這う銅製の配管は、最先端の熱交換システムというよりヴィクトリア時代の蒸気機関のように見える。
 
何年かの間にクローバーリーフはオリジナルのボディを失い、よりレースに適した2座に替わった。レースキャリアは1969年まで続き、シルバーストンで開催されたアストンマーティン・オーナーズクラブ(AMOC)のセントジョン・ホースフォール・トロフィーで優勝も飾った。オーナーのデビッド・コールが急死すると、使われずに40年間眠っていたが、建築家兼エンジニアで戦前アストンのエンスージアストであるジョン・ブラウニングがこれを買い取った。


 
ブラウニングはこの"シャシーナンバー1926"をオリジナルのクローバーリーフ仕様に戻すことにしたが、レストアが始まるまでにはさらに10年がかかった。その間に山のような調査をおこない、ボディフレームの再生で使うため、自宅の庭で倒れたトネリコを木材に加工して乾燥するのを待った。調査の一環として、24分の1スケールのシャシーも製作して検討を重ねた。
 
完成したレストアは、ニッケルめっきや艶やかなウッドパネル、真鍮やレザーなど、見事のひと言に尽きる。その素晴らしさは、2016年にウィンザー城で開催されたコンクールで、クラブトロフィーに輝いたことでも分かる。また、戦前モデルを対象としたAMOCのコンクールでも2013年と2015年に優勝した。今日は、ブラウニングの次にオーナーとなったマーク・ドノギューもやって来て、私にドライビングの機微を教えてくれた。クローバーリーフの現オーナーは、日本のコレクターでエンスージアスト、そしてThe Royal Automobile Clubメンバーでもある林幸泰氏だ。
 
林氏も家族と共に立ち会っている。戦前のアストンマーティンを代表する車両をそれぞれ所有する彼は、その歴史に敬意を表してこの機会を実現した立役者だ。『Octane』もその経験を共有できることとなった。


まずはいかにも速そうなブガッティ T13ブレシアから・・・次回へ続く

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo. )  Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.)  原文翻訳:木下 恵 Translation:Megumi KINOSHITA Words:John Simister Photography:Max Earey

RECOMMENDEDおすすめの記事