Mission Completed ! インディ500で2勝目の快挙を遂げた佐藤琢磨の「走る理由」と原点

Photography:Kazuki SAITO

2020年8月23日、佐藤琢磨選手がインディ500で2度目の優勝を果たした。また、先日はレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLLR)が、佐藤琢磨選手とともに、2021年のNTTインディカー・シリーズに参戦することを発表している。「走る」ことを生業とし、走り続けてきたことで成し遂げた快挙。そんな佐藤選手にとって「走る」とは。インディアナポリスに赴き、歴史的週末を写真に収めたフォトグラファーの斉藤和記がレポートする。

1998年9月、佐藤琢磨は長年憧れていたスパ・フランコルシャンのオー・ルージュに、初めて挑んだ。愛車、ミニクーパーとともに。F1の舞台としてあまりに有名なこのセクションは、当時まだ誰もが自由に走れる公道だった。隣にマネージャーのマイク・トンプソン、後ろには日本からはるばる応援に訪れていた母が乗り、住んでいたイギリスから5~6時間かけてやっと辿り着いた。F-OPELに初参戦するため、ドイツ・ニュルブルクリンクへ移動するその道中に、ふと立ち寄ったスパ・フランコルシャン。

3人分の荷物も満載したソリッド・レッドの小さな車体は、まるで壁のように見える急坂でぐっと沈みこみ、ついにはラバーサスペンションが悲鳴を上げて左リアタイヤがフェンダー内部に干渉。白煙を上げながら駆け上がるその様を、追走していたチームのメカニックたちが大笑いしながら見ていたという。

「運転していて、ほんとうに楽しかったですよ」と2度目のインディ500を制したばかりの佐藤は、満面の笑みを浮かべながら語った。彼にとって決して忘れられない「走り」、その原点は1998年の夏に日本を飛び出し、イギリスで武者修行を始めた時の愛車ミニクーパーと送った日々だった。せっかくイギリスで乗るなら英車にしたいと考えた佐藤は、ケータハムのスーパーセブンやロータス・エリーゼを夢見たが、25歳未満はレンタカーさえ借りることのできないイギリスの車事情で、21歳の日本人にとって保険のハードルは高く、まさに高嶺の花。次の候補がミニクーパーで、下宿先すら決まっていない中、ロンドンの南にあるジョン・クーパーのガレージを訪ねたという。

「初めてそこで試乗したんですけど、ノーマルのミニが想い描いていたよりも遅くて、けっこうショックでした(笑)。でも前オーナーのおじいさんがすごく丁寧に乗っていた中古があって、エンジンだけがクーパーのスポーツパッケージが入っているそのミニに乗せてもらったら、めちゃくちゃ速かったんですよ。エンジンの吹け上がりは別次元だったし、ギアレシオもファイナルが下がっていて加速がすごくいい。FFだからあり得ないんだけど、ウィリーするんじゃないかって感じたほどで、倍ぐらい普通のミニより速い感じ。もうこれだと思って即決でしたね」

佐藤が手に入れたのはインジェクション仕様の1996年モデルで、F1へ上り詰めるまでのジュニア・フォーミュラ&イギリスF3時代のほとんどをミニで転戦。その日々の経験は、佐藤にとって走ることを「楽しい」と感じさせるに十分だった。

「ミニは手がかかります。たくさんのことを世話してあげないといけない。その日の天候によって電装系の接触が悪くなり、うまくワイパーが動かない日があるとか、エンジン音やギアボックスの感触、吹け上がり方でオイルが足りてないんじゃないかと分かるようになる。UKから飛び出して、ヨーロッパのサーキットも色々回ったけど、オイルはコンスタントに減るし、ラジエーターの水も足さないとオーバーヒートしてきちゃうだけじゃなくて、これ面白いんですが、ヒーターも効かなくなる。朝一のチェックとか、正直言って面倒くさいんだけど、でもなんか楽しい。車と対話しながら走るっていうのがすごい好きなんですね」

文、写真:斉藤和記 Words & Photography:Kazuki SAITO

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