フェラーリよりも素晴らしいハンドリングを誇る!深く印象に残るボンドカー

Photography:Justin Leighton


 
エスプリこそ、もっとも深く印象に残るボンドカーだったといっても過言ではない。当時、エスプリは大胆な挑戦者で、斬新なデザインにくわえて傑出したダイナミック性能を備えていた。1987年製ターボ・エスプリHC の新車価格は2万4980ポンドで、3万9975ポンドで売られていたフェラーリ328GTSの6割強にあたる値付けだった。ただし、デザインの魅力でいえばエスプリと328GTSは互角だったし、0-60mph加速のタイムもいい勝負だった。いまでは2台の価格差はさらに広がっているが、経験上、ドライビングの楽しさにほとんど差がないことを私は知っている。幸運にも私は2台をいずれも所有したことがあるが、最大の違いはランニングコストで、この点ではロータスが圧倒的な優位に立っていた。
 
いずれにしても、私はフェラーリよりも素晴らしいハンドリングを誇るロータスにより強く惹かれる。S3ターボ・エスプリは、現代のアルピーヌA110に通ずる魅力を備えている。唯一の難点は、4気筒エンジンが低回転で発するサウンドがつまらないことだが、3500rpmを越えれば驚くほどスムーズに回り始め、7000rpmまでなんのストレスも感じさせずに到達する(レッドゾーンは設定されていない)。しかも、そのエグゾーストノイズには懐かしいターボエンジンの個性が詰まっていて、シフトの際に響くウェイストゲートバルブの"ヒュー"というサウンドを耳にするたびに、私は満面に笑みを浮かべてしまう。


 
およそ1000マイルにおよぶコルティナ・ダンペッツォへの旅の間中、私の心はときめいていた。コルティナは感動に溢れた街で、その景色にエスプリはよく似合っていた。マーケティング担当のドン・マクラクランが、2台のエスプリを007映画に登場させる天才的手腕を発揮したことは疑う余地がない。信じられないことに、ロータスと映画製作会社の間で正式な契約書が取り交わされたことは一度もなかったという。自動車メーカーが自分たちの製品を映画に登場させようとすれば、いまや数億円は下らない費用を負担しなければいけない。1977年製作の『私を愛したスパイ』に先立っておこなわれた打ち合わせの様子を、マクラクランは次のように書き残している。



「ランチの席で、(映画プロデューサーの)アルバート"カビー"ブロッコリは次の作品について説明し、そこで私たちのロータスを登場させたいと依頼してきた。私たちは契約書はおろか、覚え書きさえ交わさなかった。ジェントルマンらしく握手をして、ロータスはスクリーンに現れた。私たちが提供したのはエスプリのボディシェルを7台分、それに細々とした部品だけ。彼らはそのうちの1台をあるスペシャリストのところに持ち込んで水の中に潜れるように改造し、それを"潜水車"として映画に登場させた」

「7台分のボディシェル、細々としたパーツ、それに2台のロードカーで、PR部門が支払った予算は1万7500ポンドほど(当時のレートでおよそ800万円)。しかも2台のエスプリはロータス所有のままだった。ちょっと贅沢な雑誌に1ページの広告を出すのと、大してかわらない予算だ。ジェームズ・ボンドのロータスを世界中でPRするのに、いったいいくらかかると思う?しかも、その広告効果はいまも続いている。何百万ポンドでも足りないくらいだろう」
 
おめでとう、ドン。「よくやった」という以外、私には言葉が見つからない。

編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI Words:Harry Metcalfe Photography:Justin Leighton

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