「デザインの傑作」と称された一台│シャシー・ナンバー205-104の真相

Phoography:Dirk de Jager

この記事は『ひときわユニーク!人知れず魅力的なアバルトの初期作品』の続きです。

もちろん、アバルトもこの新型車を見逃さなかった。カルロはメカニズム開発に専念するため、ボディデザインをカロッツェリア・ギアに委ね、ギアは航空機からインスパイアされた、幅の広いフロントノーズと、大きく開いたエアインテークを持つ長いボンネット、ふくよかに湾曲したフラッシュサイドパネル、上部1/4が覆われたホイールアーチなどを持つ、エレガントな2座スポーツを創り上げた。

 
デザインは、当時カロッツェリア・ギアのテクニカルディレクターを務めていた、ジョヴァンニ・サボヌッツィとされている。そのディテールはいかにも航空産業出身のサボヌッツィらしい手法で、彼が手掛けたクライスラー・デュアル・ギア400プロトタイプにもデザイン的に通じる部分がある。その一方、ジョヴァンニ・ミケロッティの作だという説もある。


 
カロッツェリア・ギアは、ジアッキント・ギアとガリーリオによって1915年にトリノで創立され、程なくしてアルミボディのスペシャリストとしての名声を得た。この工房からは、1929年のミッレ・ミリアで勝ったジュゼッペ・カンパリとジュリオ・ランポーニのアルファロメオ 6C 1750 ギアを含む、多くのレーシングカーの成功例が生み出されている。1944年2月にジアッキント・ギアが死去したあと、1953年初頭にはデザイナーのフェリーチェ・マリオ・ボアノが買い取り、新たな経営者に就いた。
 
205-104は、1953年のトリノ・ショーでフィアットブースの真向かい側に位置していた、ギアのブースに展示された車そのもので、「新型フィアット1100アバルトスポーツ・ギアバージョン」と説明されていた。
 
ベースとなったアバルト205コンペティション・シャシーは合計4台製作されたが、この最後の1台だけが、新型フィアット1100-103のエンジンとトランスミッションを使用し、ギアのボディをまとい、他の3台はミケロッティ・ボディのアバルト205クーペだった。アルド・ファリネリは、イタリアの自動車雑誌『モーターイタリア』の彼のリポートで、205-104を「デザインの傑作」と評した。

編集翻訳:小石原耕作(Ursus Page Makers )  Transcreation:Kosaku KOISHIHARA(Ursus Page Makers ) Words:Massimo Delbò Photography:Dirk de Jager

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