リトモのファンが集まる!クラブ会長が忘れられない記憶とは?

Photography: Fiat Ritmo Club Italia - Francesco Tobaldin

フィアット・リトモに関するイタリアで最初のフォーラムが2007年初め頃に誕生した。このモデルの熱狂的なファンのネットワークが確立し、徐々に公式なクラブ結成への動きとなった。

このフィアット・リトモ・クラブ・イタリアは、2011年2月1日に結成された。マルコ・レッジョ会長とクラブ理事会を成していた当時の創立メンバー立ち会いのもと、正式に認可されたのであった。



それ以来、フィアット・リトモ・クラブは会員数、人気とも急速に伸びており、この車がフィアットにとってどれほど重要であり、その名前の周りにどれだけ多くのファンが集まっているか確認することができる。





マルコ・レッジョ氏は、リトモとの思い出をこのように話す。「昨日のことのようにとてもよく覚えているよ。1980年12月、父はそろそろ車を買い替える時期だと判断した。母は販売店で初めてリトモを見た時、一瞬で恋に落ちたんだ。そこにあったBlu Lord438の色が欲しかったが、その色はすでに警察が予約しているものだったので、注文して待たなければならなかった。何カ月もがあっという間に過ぎたが、リトモの影すら見れなかった」

「父は4月の初め頃に販売店に状況を知るために電話してみた。販売員は、これ以上待てないのであれば、Rosso Nearcoの色であれば、すぐに納車できるといった。優位な立場にある母は赤が気に入らなかったので、さらに待つことにした。しかるべくして、そのころトリノへ学校の修学旅行で行くことがあった。その日の帰り道、アレッサンドリア辺りで車窓から僕と母は、梱包された新しいリトモがトラックで運ばれているのを見た。僕はすぐにBlu Lordに目が行き、「マンマ、マンマ、パパのリトモだ」と母にいった。母は信じていなかったが、心の中ではそれが本当だったらと願っていた。翌朝電話が鳴り、ブルーのリトモが到着したのだ!とっても嬉しく、その日のことを鮮明に覚えている。1981年4月14日のこと。学校に行っても、終業のベルがなるのが待ち遠しかった。父が新しいリトモで僕を学校まで迎えに来るのを知っていたから」



日本ではあまり見られないリトモだが、本場の地で愛される光景をギャラリーでご覧いただきたい。



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文 : Fiat Ritmo Club Italia - RUOTE LEGGENDARIE  写真: Fiat Ritmo Club Italia - Francesco Tobaldin  訳: 古川浩美

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