アルピナに魅せられて│「ネジ一本までレストアされた状態」を本社で実現

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むしろ、"BMWありきのアルピナである"ということを一番に重要視しており、常にBMWをリスペクトし、そのモデルの優れた面をさらに引き出すというコンセプトで車造りをおこなっている。それを象徴するように、ボンネットとトランクリッドに付けられたBMWのエンブレムは"絶対に変更しない"と公言している。アルピナのエンブレムは、アルピナ社の源流である2本のエアファンネルを備えたウェバー製キャブレターが情熱を表現する赤の上に、4気筒のクランクシャフトが知性を表現する上に描かれているという意匠である。これらはアルピナの起源を示すアイコンであり、時代が変わっても変更されることはないだろう。
 
ブルカルト氏は自身らが持つ技術をさらに磨くため、またその勝利によってアルピナの知名度を高めようと、レースへの参加を開始した。果たして、サーキットでは数々の栄冠を手に入れたことで、間もなくBMWのセミワークス的な地位まで上り詰めることになる。1977年の欧州ツーリングカー選手権 (ETC)でチャンピオンの座を獲得するという快挙を遂げた。
 
これを機に、アルピナ社はワークスとしてのレース活動にひとまず終止符を打ち、ロードカー造りに専念することになる。そして1979年には、BMW本社のあるミュンヘンから西に70km程に位置するブッフローエに新たな本社兼工場を建設し、100人の従業員を擁し自動車メーカーとしてのアルピナ社が本格始動する。
 
まもなく、さらなる発展のために新たに3名の優秀なエンジニアが加わった。実用的なターボエンジンの基本設計を行ったエンジンの基本設計のDr.インドラ、レゾナンス式吸気チャンバーを開発した、吸気系の改良に貢献したDr.チュール、そして電子制御システムを用いて点火系の改良を担当したDr.ハルティッヒだ。彼らの知見とブルカルト氏の情熱が融合して名機の誉れ高い開発コード"B7"のターボエンジンが誕生した。3リッターの排気量から300psを発揮し、最高速度は250km/h以上に達した。まさにモータースポーツのDNAが注ぎ込まれているロードカーの誕生であった。

後にB7S Turboに進化すると3.5リッターに拡大され、330psを発揮し最高速度は260km/hにも達した。明らかに"スーパースポーツカー"の領域であるのだが、そのボディタイプはセダン/クーペである。驚異的なパワーを秘めているのにも関わらず、ファミリーで乗ることが出来る実用的な車なのである。さらに、これだけの高性能エンジンを搭載しているにも関わらず信頼性が高く壊れにくく、この点においても実用性のある車であったという事実も見逃してはならない。

文:オクタン編集部 写真:オーナー提供 Words:Octane Japan Photography:Provided

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