ため息が止まらない美しさ│シンガー・ポルシェは 日本に上陸していた!

Photography:Kazumi OGATA

ポルシェファンならば「シンガー」というブランド名を耳にしたことがあるだろう。ポルシェ964をベースにしながら独創的なデザインで世界中のセレブを魅了した車である。完全なるオーダーメイドであり、製造台数はまだそれほど多くない。海外の特別なイベントでしか見ることのできなかったシンガー・ポルシェの日本独占取材を行った。

東京都渋谷区のとある場所でシンガー・ポルシェ(正確にはSVD シンガー・ヴィークル・デザイン社でリイマジンされたポルシェ)のオーナーを待っていた。そのオーナーとはメールで何度かやり取りをして取材を受けてもらうことになったが、正直なところホンモノか否か、当日は半信半疑でオーナーの登場を待っていた。
 
低く静かなエンジンサウンドと共に現れた、薄紫色のポルシェ。いくつかの特徴的なデザインに気が付かなければ、ただのきれいなナローポルシェにしか映らないかもしれない。そこで初めてお会いしたオーナーは、とても気さくな方だった。海外のサイトで見つけて、矢も楯もたまらず購入したこと。まず日本に輸入してから車検を通す方法を考え、北米SVDとネットで繋ぎながらリモートコントロールで様々な作業を行った。新車を注文した場合のウェイティング時間は約2年間といわれていること、中古車として市場に出てきたのは世界的なオークションを含めても3台しかないこと、などを語ってくれた。



1991年の964カレラ4をベースにしたそのポルシェは2017年にシンガーから出荷されている。現オーナーは、時にはルーフキャリアを装着してアクティブに乗りこなすような、クールな紳士である。
 
まずシンガーについて説明しておくと、シンガー・ヴィークル・デザインのバックストーリーは、ロサンゼルスを拠点に活躍する英国人ロブ・ディクソンのアイデアから始まっている。彼はれっきとしたミュージシャンであり、インディーズバンド「キャサリンホイール」のリードシンガーであった。ヘビーメタルバンド、アイアン・メイデンのフロントマン、ブルース・ディキンソンの従兄弟でもある。
 
ロブが自身の趣味として始めたことがポルシェの改造だった。完璧な911を仕立てたいという考えのもと、ハリウッドから引退をして、SVDを本格的に始動させたのは2009年のことだった。今までに100台以上の完成車を世に送り出している。シンガーの特徴はレストアと同時に改造も加え、ベース車とはまったく異なる個性を生み出していることだ。ロブは、「シンガーが"再創造"したポルシェ911」と呼ばれることを望んでいる。
 
ポルシェ964をベースとしていることには理由がある。累計生産が約3万台と流通台数が多いこと。それ以前の911と比べると耐久性に優れて高品質であること。そしてコイルスプリング・サスペンションの改造のしやすさなどが挙げられる。また、トレーリングアーム式リアサスペンションがもたらす独特の乗り味も、964をベースにしている理由のひとつである。
 


この車はロシアの富豪がオーダーをして、イタリアで乗るために作られた1台である。シンガーでは、推定1800万通りのカスタム化されたオプションが用意される。ベース車の価格を除いて約60万ドルの開発費が求められるが、18カ月に4500時間もの作業を要するだけに、製造がオーダーに追い付くことがない。したがって販売された車両は今も、製造番号と出荷された都市名だけで管理されているのもSVDの特徴といえよう。
 
オーダーの概要は、1970年代のシンプルなイメージを大切にしながら、ドアを除きほぼ完全なカーボンファイバーでボディを構成してスポーティにすることだったそうだ。選ばれたのはシンガーとしてはめずらしい4WD。クラシックカーながら高級車というニュアンスに近づくため、サスペンション、ステアリング、インテリア、ホイールなど、すべてが完全なるオーダーメイドで仕立てられている。しかも最初のオーナーは一旦完成したインテリアのデザインに満足しなかったらしく、さらに細かい細工を本革シートやドアインナーパネルに施すために、再度カリフォルニアに車を送り返して追加作業を行っている。



この車には4.0リッターのフラット6エンジンが搭載されている。リアフードから覗く限り、従前とは一線を画す、美しいオブジェのようなエンジンだ。空冷ながら最高出力は約400馬力。約1250kgの車には十分過ぎるパワーである。どうやらファーストオーナーの趣味がスキーだったようで、ルーフラックもシンガーが設計したものと判明した。時には北のスイス・チューリッヒ、南のローマにもステアリングを切っていたに違いない。
 
すべてのディテールに隙がないこのポルシェ。フロントボンネットを開けた時、燃料タンクに施されたダイヤモンドキルトのレザーカバーに気付き、ため息が止まらなかった。

オクタン編集部

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