フォード・マスタングを自分好みに特注!世界に一台の「ザガート・エラボラツィオーネ」

Photography:Max Serra

フォード・マスタングはアメリカでは空前の大ヒットだったが、北米以外での反応は芳しくなかった。あるイタリア人はマスタングを自分のテイストに合うよう、ザガートに特注した。

フォード・マスタングがデビューした1964年、アメリカは大騒ぎとなった。初年度は10万台の販売が見込まれていたものが、蓋を開けてみるとなんと40万台も売り上げた。しかも驚かされるのはマスタングのデビューの立役者だった、プロジェクトマネージャーのリー・アイコッカとエンジニアのドナルド・N・フレイが計画立案から生産までたった18カ月でこぎ着けた、という事実だ。


 
アメリカの道路がヨーロッパから輸入された機敏なコンパクトスポーツカーによって埋め尽くされた頃、アイコッカはアメリカの巨大自動車メーカーによる市場参入の時期だと判断。マスタングはアメリカの基準では「小型車」に分類され、セクシーさ、スポーティさ、そして4.7リッター V8エンジンのおかげもあってパワフルさを兼ね備えていた。

顧客が好みの一台を造ることができるよう、エンジンは経済的な直列6気筒エンジンからパワフルなV8まで、ボディカラーや内装の仕様も豊富に用意するという、巧みなマーケティング手法がヒットの要因だった。マスタングはアメリカにおける"ポニー・カー"という新しいカテゴリーを生み出し、もちろんその代名詞的存在となった。

 
ノッチバッククーペとファストバックともに、アメリカでは即座に成功したが、ヨーロッパでの人気はいまひとつだった。スウェーデンやドイツなどヨーロッパ北部では"まぁまぁ"売れた。イタリアではまったくだった。2気筒のフィアット500を買うような平均的なイタリア人顧客にとっては、廉価モデルでさえ高嶺の花であった。映画スターや裕福な実業家くらいにしか手が届かなかったというのが現実だった。

編集翻訳:古賀貴司(自動車王国) Transcreation:Takashi KOGA (carkingdom) Words:Massimo Delbò  Photography:Max Serra

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