天才デザイナーを失望させた?マセラティ・メディチとは

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贅沢なスーパーサルーンは、今日、ほとんどのラグジュアリーメーカーにとってなくてはならないモデルである。伝説的なデザイナーのジョルジェット・ジウジアーロは、70年代半ばに、パフォーマンスと豪華さを組み合わせた4ドアの実用性を備えた車の製作に懸命に取り組んでいた。

ギブリ、ボーラなどを手がけたジウジアーロは、1974年にアメリカのリムジンの豪華さと十分なパワーを組み合わせた4ドアのマセラティを設計するプロジェクトを開始した。そして、これは「メディチ」という名の車で具現化された。これは、14世紀に名声を博した有名なフィレンツェファミリーに触発されている。



メディチはクアトロポルテIIで使用されていた圧倒的な3.0リッター V6の代わりに、縦置きの5.0リッター V8を搭載していた。車内には6人掛けのシートがあり、リビングルームスタイルのチェアが向かい合っている。インテリアの素材にはベロアが使用され、リムジンを思わせる雰囲気を与えている。ジウジアーロは、アウディのデザイン言語などからヒントを得て、バランスのとれたエレガントなボディを完成させることを目指した。

しかし最終的には、ルーフラインに対して合理化されすぎたボンネットを生み出し、奇妙なプロポーションとなった。ジウジアーロは自己批判的であったこともあり、1968年に彼が作ったItaldesignでの公式文書にさえ、メディチのスタイリングに対する失望が書かれたそうだ。



彼は残念なマセラティを彼のワークショップに戻し、メディチIIの製作をはじめた。そして、プロポーションを修正し、4灯ヘッドライトが並んでいるスタイルで1976年のパリモーターショーで公開したのであった。メディチIIは、1979年に製造されたマセラティ・クアトロポルテIIIの前身と見なされている。高いフロントエンドは、アウディクーペを含む1970年代後半にジウジアーロが手がけた他の多くの車両にも見られた。

メディチIIは、マセラティが好きだったペルシャ王に1977年に売却されている。


オクタン日本版編集部

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