ホンダに魅せられた大人たちが情熱を注ぐCB750フォア専門店

長い間英国が支配していたバイクの世界。伝統のマン島TTやグランプリレースで鍛え上げられたシングルやツインエンジンを持つ英国車はその完成の域に達していた。1960年代後半。それを打ち破るバイクが我が日本で誕生する。SOHC4気筒750ccの排気量を持ち市販車で最高速200km/hに達するホンダCB750フォアだ。その衝撃は日本のみならず、世界に広がり、ここフランスでも同様に衝撃を与えていた。その衝撃にやられた若者が現在パリでその専門のガレージ(フランスでいうショップ)を開いた。

このCB750フォアの衝撃にやられた一人、ティエリー氏。すっかりホンダに魅せられホンダフランスのメカニックとして生涯を捧げてきたベテランだ。彼が退職して愛して止まないCB750フォアを今のスタッフと共に4年前にこのパリ13区にオープンした。

いつまでも少年なホンダに魅せられた大人達のガレージオーセンティック・モーター・パリ!

 
旧車のイベントに行くと、フランスであることに気づかされる。シトロエンやルノーなどのフランス車が大半を占め、ジャガーやミニなどの英国車から、フィアット、アバルト、アルファなどのイタリア車などなど欧州車が大半を占める。日本車は希だ。二輪に目をやると同様に英国車やイタリア車だろうと思うと、そこは日本車が大半を占めるのだ。スズキの50ccの2ストレーサーからヤマハ、カワサキ、ホンダと満遍なく日本車がパドックを独占する。フランスではヴィンテージバイクは日本車が非常に人気が高い。

ここオーセンティック・モーター(AUTHENTIC MOTORS)のスタッフオリビエ氏はもとは飛行機のパイロット。その彼はその日本車人気の中でもCB750フォアはダントツの人気だという。顧客の多くは彼らと同年代。CB750フォアを当時目の当たりにし、憧れていた当時の少年達だ。その頃はお金がなく買えなかったが今ならその当時の夢を実現できる。そういった人たちが顧客となっている。

電装も細かいところまで新車のように組まれていく。


だから、ここは持ち込まれたCB750をレストアしているのではない。メインは買い付けたCB750フォアを全バラにして塗装から、なにから組み直して新車として販売している。車両はフランス国内ではなくアメリカからが多い。その理由はアメリカのCB750の程度がよいこと。おそらくアメリカではそれほど乗られなかったのだろう。乗ってもバカンスの時とかで、フランスのように普段の足のように使われなかったのだろうと。エンジンをあけるとフランスで見つけたものはほぼ間違いなく程度が悪い。代わりにアメリカのモノはきれいな状態のモノが多いという。逆にいうと日本車のCB750でありながら日本との接点がなく日本のCB750フォアが今どうなっているのか全く分からないという。逆にこちらが「日本はどうなんだ!?」と攻め寄られるといった具合だった。

スタッフのジャンリュックがずっと乗ってるCA72。この後に出てきたのが中央のCB750フォアK0。ごく初期の砂型で作られたクランクケースのモデル。そして、フランスで人気のCBX1000。

元パイロットのオリビエ氏。スポークを張ってホイールを仕上げていく。
 
ともあれ、パーツは日本をはじめ台湾、オランダから集められて新品の純正、あるいはリビルド品を使用。重要な場所にはもちろん純正を。リビルド品もできるだけ品質の高いものを使用している。元モータージャーナリストだったジョエル氏は「このCB750のなきどころは初期のモデルのチェーンにある」このCB750が登場した頃のチェーンはシールが無くよく切れる。切れるとクランクケースを叩いて亀裂を入れることがある。それからすぐにチェーンが切れたときにケースを護るためのガードが付くが、それ以前のモデルはクランクに亀裂が入っていることが多いという。「パリからマルセイユまで(約750km)行くのにこのパワーに着いていけなくてチェーンは3回は交換が必要だ」それと、ホンダとしても初めてのバイクだ。1年間で20カ所以上の細かい仕様変更があったようで、同じバイクなのにばらしてみると細かい点で異なっているのがリビルドの時に悩ましいとのことだ。



外にも並ぶCB750フォア。手前の青いのはできあがったばかり。組み上がって初めて試運転したばかり。


ホンダを愛し、バイクを愛するこのガレージの面々。ここを訪れたのは金曜日。翌土曜はそのバイクのためにデモに参加するという。何かというとストを起こすのがフランス流。さすが革命で勝ち取った自由の国フランスといえる。今回は渋滞の中バイクが車との間を抜けることを合法化するための訴えだそうである。駐車場や渋滞のパリではスクーターやバイクは年中かなりの数走っている。特に環状線の渋滞は酷く、その車の間をすり抜けして行くのはもう普通に行われている行為。ただし厳密にいうと交通違反になる。事故でも起きない限り取り締まられることはないグレーゾーン。これを合法にしようという訴え、これに参加するということだ。

少年の時の衝撃が今も彼らを動かしている。いつまでも少年の輝きを失わないというやつだ。そんな少年達のパリのガレージなのだ。

Photography & Words: Tomonari SAKURAI

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