ランゲ1搭載 「アウトサイズデイト」の起源はドイツの歌劇場と五分時計から

A. Lange & Söhne

ドイツに本社を構える時計ブランド、A.ランゲ&ゾーネ。その細部までこだわり抜いた仕上げや、果てない追求心を持ち合わせ、多くの時計ファンから愛されているブランドだ。今回は、A.ランゲ&ゾーネの象徴的な複雑機構である「アウトサイズデイト」の起源についてお伝えしたい。

マニュファクチュールを再設立し、1994年にブランド復興コレクション第一弾を発表して以来、アイコンモデルである「ランゲ1」をはじめ、多くのモデルで採用されているブランド特有の複雑機構である「アウトサイズデイト」。これは日付表示に関する技術であり、他の同サイズの時計と比べて約3倍もの大きさで日付表示を可能にした画期的な技術である。



さて、その起源は1841年4月12日のドレスデンのゼンパー歌劇場の落成式に遡る。およそ180年も前のことである。ゼンパー歌劇場は、ドイツ ザクセン州にある州立のオペラハウス。ミュンヘンやパリなどに負けない豪華な建物を備え、ドイツ内でも人気の高い宮廷歌劇場だ。当時、新築された歌劇場のため、これまでに見たことのない劇場用の時計の製作を任されたのが時計職人のヨハン・クリスチャン・フリートリッヒ・グートケスであった。そして同時に彼は、A.ランゲ&ゾーネの創設者であるフェルディナント・アドルフ・ランゲの師であり義父でもあったのである。



グートケスは、ザクセン王家よりその名を受け、ダイヤルと針を備えた従来のありきたりな時計とは一線を画す珍しい時計を産み出さなければならなかった。そして彼のたどり着いた答えが、五分時計であったのだ。



五分時計は、17世紀のフランスで作られたふたつの枠に 囲まれた数字ディスクまたは数字ホイールで時刻を表示する時計、もしくはデジタル表示のミラノ・スカラ座の舞台時計からインスパイアされているではないかと予想されている。

加えて彼が思いついたのは、数字が印刷された布を 張ったローラー2本を歯車で駆動し、そこにふたつの窓を開けたフレームを取り付けるというもの。左窓にはローマ数字のIからXIIで時が示され、右窓にはアラビア数字の5の倍数(5から55)で分が表示され、正時には右の窓は何も表示されない。一通りの時刻表示を可能にした、前例のない画期的な構造であった。そしてグートケスは、五分時計を従業員と一緒に設計・製作。そのうちの一人が、後に娘婿となり共同経営者となったフェルディナンド・アドルフ・ランゲであった。

彼の発明した初代の五分時計には設計図や説明書が残っていないため、“なぜ数字ローラー式を採用したのか”という部分は、正確には判明していない。しかし、この歌劇場というシチュエーションで舞台の公演中あかりが落ちた後でも、時計として時刻をどこからでも確認することができる視認性を追求した結果であろう。

ちなみに、ゼンパー劇場と五分時計の物語は、まだ終わらない。この“1代目”の五分時計は、1869年に大火災で歌劇場とともに焼け落ちてしまうのだ。その後、“2代目”の製作は歌劇場の再建と共に、グートケスの弟子の一人であるルートヴィッヒ・トイプナーによって当時の最新技術を駆使し、製作された。そして時代は東独時代、第二次世界大戦で破壊された歌劇場を再建する際に、五分時計も新しく製作されることとなり、現在にも引き継がれる“3代目“の五分時計が完成したのである。

直径約160cmの大型ローラーに加え、高さ約40cmの数字を回転させる。五分時計と同じくらい読み取りやすい時刻表示をアナログ時計で実現しようとしたら、舞台上方に取り付けるには巨大すぎる。

そして、その数年後の1994年10月24日。フェルディナント・アドルフ・ランゲの曾孫であり、ヨハン・クリスチャン・フリートリッヒ・グートケスの玄孫であるウォルター・ランゲが、ドレスデン王宮にてランゲ 1 を発表したのである。五分時計からインスパイアを受けたアウトサイズデイトと、表示要素をオフセンターに配置したダイヤルデザイン。この日から、ランゲ 1 は時計史に残るデザインアイコンとして輝き続けているのだ。

オクタン日本版編集部

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