「銀幕に登場する名車ならおまかせ」というコダワリ屋さんに朗報だ。
自動車専門のライター兼編集者を務めるガイルズ・チャップマン氏が発表した書籍『CARS ON FILM』は、「映画x車」のマニア度UP間違いなしの写真集だ。いわゆる“名画の中の名車集”とは一味違い、Octane英国版編集チームですらお目にかかったことのないようなレア資料が目白押しなのだ。
インターネット全盛の現在、映画やTV番組の名車シーンは、検索すれば山のように見つけられることだろう。しかし大半は同じ素材の再利用にすぎず、ファンにとっては見慣れた写真がほとんどではないだろうか。
その点、『CARS ON FILM』に収録された写真や資料は、プレスキット、映画オフィスの移転時に特別提供された素材、映画フェア素材、オートジャンブル(自動車部品のフリーマーケット)の掘り出し物などなど、公開当時ですら入手が難しかった希少なオリジナル・スチール写真が満載だ。
恣意的に車映画に焦点をあてたのではなく、映画資料の熱心なコレクターでありアーキビストでもあるチャップマン氏が、10代の頃から約40年間にわたり多方面から収集してきた珠玉の個人コレクション。ここでは特別に、その一部を覗いてみよう。
◆ MP レイファー ◆ 『007/ムーンレイカー〈原題:Moonraker〉(1979年 英国)』
映画ではマヌエラ(女優エミリー・ボルトン)が運転している“MP レイファー(MP Lafer)”。MG社のT型シリーズ“MG TD”に外観は似ているが、実はブラジルで製造されたVWベースのモデルだ。1974年から16年にわたり、アップデート・モデルのPIを含め4000台以上が製造された。「ボンド・カー」としても「ボンド映画」としても、決して超有名とは呼べないセレクション。
◆ マセラティ 3500 GT ◆ 『プレイガール陥落す〈原題:Love is a Ball〉(1963年 米国)』
俳優グレン・フォードの主演作品。オクタン誌の読者には、ボンネット上に艶然と手足を伸ばすミリー(女優ホープ・ラング)よりも、車の方により一層ご注目いただきたい。この車は、カロッツェリア・トゥーリング社が“マセラティ 3500 GT”をオープントップ仕様にしたプロトタイプで、1958年にトリノのモーターショーで展示された。イタリアのコーチビルダー、ヴィニャーレ社との協業による希少な1台だ。
◆ フィアット 124 スパイダー ◆ 『恋人たちの場所〈原題:A Place for Lovers〉(1968年 仏伊)』
俳優マルチェロ・マストロヤンニと女優フェイ・ダナウェイが、ベネチア近郊リゾート地の別荘でイタリアのスポーツカーとともに繰り広げる物語。ただし、登場するのは大きな赤いフェラーリではなく、黄色い“ベイビー・フェラーリ”だ。
ビットリオ・デ・シーカ監督による悲恋物語で、ダナウェイは余命いくばくも無いファッション・デザイナーを、マストロヤンニはレーシング・ドライバーを演じる。...残念ながら、映画としては酷評を集めた作品。
◆ オースチン A55 ◆ 『逃げる男〈原題:The Running Man〉(1963年 英米)』
キャロル・リード監督作品。保険会社の調査員(俳優アラン・ベイツ)が、リンカーンを乗りまわす詐欺師(俳優ローレンス・ハーヴェイ)を追う。写真は、スペイン系の道路工夫たちが“セアト1400B”から飛び出して、崖から転落しそうな“オースチン A55 ケンブリッジ”に乗るベイツを助けようとする場面だ。
映画はカラー作品だが、掲載の「ロビーカード(映画館向け宣伝素材)」は白黒写真にカラー加工が施されている。
◆ キャデラック シリーズ62 ◆ 『地獄の逃避行〈原題:Badlands〉(1973年 米国)』
テレンス・マリックの初監督作品で、見事な映像が織りなす評判作。1958年に実際に起こった、若い男女による連続殺人事件がもとになっている。2人は大邸宅から盗み出した“1959 キャデラック シリーズ62 セダン”に乗って、米国ダコタ州とモンタナ州の荒野を横切り、カナダ国境を目指すが...?
◆ ポルシェ 356 ◆ 『ドク・ハリウッド〈原題:Doc Hollywood〉(1991年 米国)』
ぜいたくな毎日を送る青年医師(俳優マイケル・J・フォックス)が、自動車事故を起こし、片田舎での暮らしを余儀なくされてしまう。意外にも、田舎暮らしは魅力的で、地元の美人とも知り合い...? 登場する車は、VW(フォルクスワーゲン)をベースとした“ポルシェ 356”のレプリカだ。全撮影を通して、5~6台ほど用意されたという。ホンモノの“スピードスター”は1991年当時でも高価すぎたため、ルーフを取り外されたクーペのスクラップ車も使われている。
◆ クロスレイ ◆ 『底抜け最大のショウ〈原題:3 Ring Circus〉(1954年 米国)』
'50~'60年代のアメリカ映画では、「小型車」は独特な意趣で登場することが多い。普通サイズの車を持つ資金がない、変わり者のキャラクターを強調、などなど、特殊な背景を彩る小道具のような扱いだ。俳優のディーン・マーティンとジェリー・ルイスが主演するこの作品でも、“1949 クロスレイ CD コンバーチブル・セダン”は、道化師の車として、さまざまなギャグのパンチラインで登場する。しかし、米国インディアナ州でビルドされたこの小型車は、722ccのエンジンを搭載した良車であることも言い添えておこう。
◆ ロールス・ロイス ファントムII ◆ 『黄色いロールスロイス〈原題:The Yellow Rolls-Royce〉(1965年 英国)』
英国でもきわめて有名な車映画作品。ボンネットにもたれかかる女優シャーリー・マクレーンの艶やかさはもちろん、ジョージ・C・スコット、レックス・ハリソン、オマー・シャリフ、ジャンヌ・モロー、アラン・ドロン、イングリッド・バーグマンなど、豪華キャストの魅力が光る作品。ただし、くれぐれも誤解されないように。ストーリーの主役は、さまざまなオーナーのもとに車歴を重ねる、バーカー社製ボディの“ロールス・ロイス ファントムII”、シャシー番号 9JSだ。
ここまでで紹介した車は全8台。全部を知っている人はかなりの映画通だろう。
後編ではさらにマニアックな、日本未公開映画に登場する車も含めた9台を紹介する。
【書籍情報】
書籍『CARS ON FILM』には、この他にもさまざまな「映画に登場した車」の希少資料が収録されている。舞台裏の秘話や、それぞれの車が撮影に選ばれた裏話なども満載。車好きにも、映画好きにも、たまらなく嬉しい一冊だ。
CARS ON FILM A Celebration of Cars at the Movies
by Giles Chapman
ISBN 978 0 7509 9400 2