「働くクルマ」はいつの時代も世界中の人気者|希少でユニークなシーンを集めた写真集

JCB

書籍『JCB SCRAPBOOK』は、英国発の建設機械や農業機械を世界展開するJCB(JCバンフォード・エクスカベターズ)社の独自アーカイブより、400枚以上もの写真が収録された貴重な写真集だ。希少な資料からは、JCB社の75年以上にわたる技術革新や油圧システム技術の粋がうかがわれる。

JCB社の創設者ジョセフ・シリル・バンフォード氏は、英国で製鉄業が発展した1820年代以来、業界の牽引役を果たし続けてきたバンフォード家の一員だ。若き日の氏は、当初は家業であった農業器具の製造に取り組んでいた。

1945年、当時29歳の氏は小さなガレージを借り、中古の溶接機器を購入して、彼独自のビジネスに着手した。初作品となった可動式スクリュー・リフト付のトレイラーは、閉鎖直後の防空壕から入手した鋼鉄材、アルビオン社製トラックのホイールや車軸などを使って製作されたという。

以降、氏の名前を冠した“JCB”社が75年以上にわたって生み出してきた、インスピレーションやイノベーションあふれる機器類は、建設業界や農業界に革命的な進歩をもたらし続けてきた。現在JCB社は、ジョセフ氏の息子で本格的な自動車コレクターでもあるアンソニー・バンフォード卿の下に、重厚で革新的な建設機械や農業機械を世界的に展開している。

英国に深く根差したルーツを堅持しつつも、世界的なビジネス展開を続けるJCB社。その発展の軌跡を『JCB SCRAPBOOK』から垣間見てみよう。

◆ 1948年 ◆

ワークショップのドアには、社名となった“ジョセフ・シリル・バンフォード(J.C. Bamford)”氏の名前が見える。作業を見守るのは妻マージョリーと、息子のアンソニー(現JCB会長)。また、ショベル部分を製作しているのは、JCB社の創立メンバーのビル・ハースト氏とアーサー・ハリソン氏だ。創立時の従業員は彼らを含む3人のみだったという。お茶くみ係から始めたビル・ハースト氏は、後にディレクターにまで昇進した。


◆ 1948年 ◆

市場で突破口を開こうとしたジョセフ・バンフォード氏は、もとは米国陸軍が所有していた、余剰分のウィリス社製ジープを購入した。氏は、購入したジープに注文制でボディワークを施し、ボディをシューティング・ブレーク型に改装した上で販売して利益を収めた。なお、ジョセフ・バンフォード氏自身も、この車両を使って、JCBの新拠点となったクレイクマーシュ・ホールから全鋼製トレーラーを運んでいた。


◆ 1953年 ◆

ノルウェーで、父ジョセフ・バンフォード氏所有の改造ハーフ・トラックに腰かけている、幼い頃の息子アンソニー・バンフォード氏(現JCB会長)。JCB創設者のジョセフ・バンフォード氏は、このノルウェー旅行の際に油圧ショベルを精査してまわった。現地で即座に購入された1台は、英国に輸送され、のちにJCB社の主軸となった機器類の開発に多大なインスピレーションを及ぼした。


◆ 1953年 ◆

草創期のJCB社は、フォードソン製など主要モデルのトラクターに向けた、ボルトオン式ユニットを製造した。写真は、サイドマウント式のキット“シドローリック・ローダー(Si-draulic Loader)”を使って、車両底面の点検のために持ち上げられた“シムカ6”だ。“シドローリック・ローダー”の最大揚高は3.4メートルで、わずか10分で車両本体に取り付けることができた。さらにフランスでも製造ライセンスが取得され、ハイドロ・フォーク(Hydro Fourche)の名称で販売された。


◆ 1959年 ◆

ジョセフ・バンフォード氏は“JCB”の名を、社用車も含めた各車のあちこちに施せるように工夫を凝らした。写真に映る「JCB 1」から「JCB 10」までの車両ナンバーを入手した際には、ブラックバーン社のディーラーにスクーター10台を注文して番号を押さえた上で、後にスタイリッシュな各車両へと登録変更したという。


◆ 1960年 ◆

海外旅行が注目を集めつつある中、ジョセフ・バンフォード氏は飛行機への投資を開始。初購入された小型旅客機“デ・ハビランド・ダブ”は、新規事業の開拓はもちろん、JCB社の潜在顧客を社のロチェスター・ファクトリーに案内する際にも活躍した。この投資は“JCBアヴィエーション”として航空部門の創設にもつながり、以降、1ダース以上の航空機が購入された。


◆ 1960年代 ◆

JCB社のバックホー・ローダーは、特徴的なイエローとレッドの配色だ。雲が多く霧雨がちな英国をルーツとする車両ながら、このラッキーな“JCB 3D II”はスペインの陽光のもとに活躍中。撮影はスペインのトレドにて。


◆ 1963年 ◆

クリスマス・プレゼントとして贈られた“JCB 3C”の大型模型に夢中になる男の子。JCB社の社内誌『Earthmover and Talkbac』誌には、最新モデルを特集したユニークな記事が満載だ。


◆ 1969年 ◆

なんとも勇敢な御仁が撮影した、愛車“ダットサン(日産)240Z”に覆いかぶさる“JCB 3C II”。事前には入念なリハーサルが行われたという。このスタントは、もとは1962年にJCB社が企画したアイディアで、JCB社主催のイベント“ダンシング・ディガー”で注目を集めた。有名イベント“ダンシング・ディガー”では、JCB社の機器車両が大活躍するデモンストレーション・ショーが繰り広げられ、一般ファンから潜在顧客に至るまで、幅広く楽しまれている。


◆ 1970年代 ◆

ニューヨーク市の摩天楼を背景にしてもなお、鮮烈な印象を放つ“JCB 3C II”。国際市場へのプロモーションという意味でも、絶好のシャッター・チャンスと言えよう。JCB社のアーカイブには、この写真の他にも、砂漠、熱帯雨林、オーストラリアの広大な奥地などを背景に撮影された、素晴らしい写真の数々が収められている。


◆ 1970年代後半 ◆

JCB社のデモンストレーション・チームによる、“3C II”を何台も使ったデモンストレーション。モデル発売イベントの準備で行われた、初の練習走行時の撮影だ。写真に映る配置は現在ではお馴染みとなっているが、もとはJCB社の油圧システムの堅牢性を披露するためにデザインされた展示だったという。かつては使用車両は1台のみに制限されていた。


◆ 1970年 ◆

JCB社は早期から「4輪車のスピードへの挑戦」に対しても熱心だった。1970年にはワールド・カップ・ラリーに出場。クルーは、ピーター・ブラウン、ブリティッシュ・ラリー・チャンピオンのジョン・ブロクハン、アルスター・ラリー・チャンピオンのロバート・マクバーニだ。ヒルマンでは良いスタートを切ったものの、結果は惜しくもリタイア。出場全96チームのうち、リタイアは70チームにものぼった。


◆ 1988年 ◆

1988年生まれの“JCB GT”は、低速車線とは無縁のV8エンジン・ローダー。シボレー製のスーパーチャージ“ビッグ・ブロック”を搭載し、ホーリー社製ツイン式フォー・バレル・キャブレータを採用、最高出力は1000bhp。シャシーはスペースフレーム構造だ。この特別仕様車両では、ウイリー(後輪走行)でも牽引が可能だ。


【書籍情報】
JCB SCRAPBOOK - Celebrating 75 years of engineering innovation
by Martin Port

JCB社の独自アーカイブから400枚以上の写真を収録。全144ページ。JCB社草創期の1945年当時の資料写真に始まり、最新鋭の電子技術や水素駆動技術を採用した現在のプロトタイプ写真までもが網羅されている。クラシック機器車両の愛好家にとっても貴重な1冊だ。
ISBN 978 1 913089 177
published by Porter Press International [www.porterpress.co.uk]


翻訳:フルパッケージ Words: Martin Port Photographs: JCB

翻訳:フルパッケージ Words: Martin Port Photographs: JCB

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