これは只者ではない!AMG製スーパーセダン、その名も「AMGハンマー」

Paul Harmer

かつて、AMGが製作したメルセデス・ベンツEクラスをベースにした“スーパー・セダン”に注目が集まっている。

アウフレヒトのハンマー

まるで“ニーベルングの指環”の一節のようである。AMGはいかにもワーグナーらしいものを創造したといえるだろう。

「白い1985年型230Eを積載した、青いメルセデス・ベンツのレン・トランスポーターが黒い森の奥深くを走り抜ける…。トラックに乗ったクルーは暗闇の中で230Eを降ろすと、日が暮れる前に急いでトラックに戻り、スピードを上げて走り去っていく。しばらくすると、ジークフリートの葬送行進曲の金管楽器と弦楽器の演奏に合わせて、勢いよく森の中からその車が飛び出してくる…」

こうしたストーリーを描くことができようか。メルセデスはビジネススーツを着たハンス・ヴェルナー・アウフレヒトと、彼が率いるAMGに、前述したように230Eを預けたわけではないだろう。だが、AMG 300E 5.6のプロトタイプが、ノーマルのW124 230Eから造られたのは紛れもない事実である。W124 230Eは当時、アテネ空港のタクシー乗り場や、フランクフルトのエアコン会社のマネージャー用駐車場に停まっていたような車だ。

しかし、W124には二つの特徴があった。ひとつ目は、当時のメルセデスが最高水準の車を製造していたことだ。部品には何十年もの耐久性があり、ドアもこれまでに例がないほど頑丈な造りであった。そして、当時としては最も低い空気抵抗係数(Cd)0.28を実現していたのである。二つ目の特徴は、AMG(アウフレヒト・メルヒャー・グローザスバッハ)は、1967年に、元ダイムラー・ベンツの技術者が集まって設立された会社であり、すでにメルセデス・ベンツをレース用に仕立てるチューナーとしての確固たる地位を築いていたことだ。彼らが手掛けた車には、1971年のスパ24時間レースに参戦した300SEL 6.3や、サーキットだけでなくサファリ・ラリーにも出場した450SLCなどがある。

AMGハンマー



AMGハンマーのボディは磨かれた御影石を思わせるブラックにペイントされ、少しだけ膨らませたホイールアーチを備え、ブラックアウトされたホイールとグリル、そしてサイドスカートやスポイラーから、この車が“只者でない”ことを想像させるが、全体的には傲慢さと控えめさとのバランスが取られている。

インテリアも同様に、W124から備え付けられた機能性とアグレッシブなスポーツ性の両立が見受けられる。メルセデスは決して豪華なインテリアを誇張するような会社ではなかった。ダッシュボード、センターコンソールのレイアウト、スイッチ類はSLやステーションワゴン、Sクラスに似通っていたが、この車のインテリアは木目がより細かく、ギアシフトの漆の光沢が他のメルセデスよりも艶々しいように見える。



エアコンは、シュミット夫妻が何十年も所有してきた300TEのものと似ているが、クリーム色の盤面を持つ計器類と4本スポークのステアリングホイール、そして、ホールド性が高い革張りのレカロ製シートが、この車の使われ方を語っている。

キーを回すと、エンジンのアグレッシブさが剥き出しとなる。喉を鳴らすような咳き込み音に続いて、フロアを振動させるほどの低いサウンドが聞こえてくる。スロットルを踏み込めば、このNASCARのようなブルブルとしたサウンドが、うなり声へと変わっていく。そして、エンジンルームからは、ほんの少しだけ、トルクによるうねりが感じられる。

4気筒の住み家にV8を押し込む

230Eのチューニングで最初に取り掛かったのはエンジンだった。直列4気筒エンジンを降ろして、当時のSクラスに搭載されていたM117型 5リッターV8ユニットに載せ替えたのだ。メルセデスはこれまで、どのモデルにも大きなエンジンを搭載してきたが、AMGはさらに、すべての合金製エンジンの研磨、バランス調整をおこなった(AMGはこれを“シーズニング”と呼んでいる)。そのうえで、AMGのエルハルト・メルヒャーが設計した4バルブのDOHCヘッドを装着したエンジンを完成させたのである。



標準的なSクラスよりも少しゴツゴツした音がするが、スロットルペダルをゆっくりと踏み込むと、パワーがシームレスにエンジンから送り出されていく。エンジンの回転はスムーズで、トランスミッションとの相性もいい。

スロットルペダルを軽く踏み込むと、ハンマーは他のメルセデスと同じ立ち上がりを見せる。車がペダルの動きに即座に反応し、V8エンジンが低回転域でも388lb−ftもの大きなトルクを発揮していることがわかる。タイトな低速コーナーをいくつか回ると、車体があまりロールしないことも実感できる。短くて硬いスプリングとバルブの調整を施されたダンパーが装着されていることによる効果だ。また、17インチのタイヤ(フロント215/45VR17、リア235/45VR17)を履き、低いシートポジションが設けられているにも関わらず、メルセデスの標準的な快適性とスムーズな乗り心地が維持されていることは驚きだ。

しかし、この車は渋滞でも快適な他のメルセデスとは違う。コーナーを高速で攻めるために仕立てられたエンジンを積み、高速域では高いドライビングスキルを要する。さらにアクセルペダルを深く踏み込むと、咆哮とともにハンマーは勢いよく飛び出していく。凄まじいパワーを秘めており、強力なブレーキが付いていることに感謝したいくらいである。エンジン音は、ドイツの高級車というよりは、フォード・ギャラクシー427に近いが、スタンスやフィーリングは、ロールケージのないヨーロッパのツーリングカーのようなものだ。

ハンマーが発表された同時期に、16バルブエンジンを搭載した190Eがドイツ選手権で2位に輝いたことを思い出してほしい。その時のサスペンションチューニングがこのモデルに反映されているのである。コーナーに進入すると、メルセデスはわずかなアンダーステアをしながらも、リアのバランスを保ち、綺麗なラインを描いてくれる。もちろん、これだけのパワーがあるので、そのラインから外れようと思えばいつでも外れることもできる。アクセルペダルをさらに踏み込むことで、激しくも、安定したドリフトができる。



しかし、もちろんそれはグランツーリスモの世界の話であって、公道でできるものではない。そんな日々の走りの中で役に立つのは、30~50km/h、80~120km/hの中間加速である。周りの車を追い越しながら、必要な場所に安全かつ迅速に移動することができる。その速さに加えて、この車に大きな感銘を受けるのは、車のバランスである。ハンマーは、標準のW124よりも200kg近く重くなっているものの、車体全体にうまく重量分配されている。

たとえば、V8のエンジンは重いものの、前後のサイズが短く、バッテリーはトランクに移されている。また、リアのフロアパンはSクラスのファイナルドライブに対応するために強化されている。その結果、重量配分に優れることになった。また、ステアリングに関しては、高級感はないものの、マシンを走りたい方向に的確に進ませることができ、適度な重さがある。

実際、一般的なチューニングショップで改造された車とは異なり、AMGハンマーはストイックなドライビングをしない限り、パワーが必要以上にあると感じることはない。ドライバーがその時に望むだけのスリル感とアグレッシブさを上手に引き出してくれる。

もちろん、この車のマッスルカーのような一面も顕著に見られる。AMGは、このハイパフォーマンス性能に加え、遮音性、使い勝手のよさも兼ね備えつつ、ワイドボディで、ビッグエンジンを搭載するという独特の存在感を持つ車に仕上がった。そして、ハンマーの精神を受け継ぐ後継車こそ、メルセデス自身が手掛けた500Eなのである。


編集翻訳:オクタン日本版編集部 Words: Rob Scorah Photography: Paul Harmer

オクタン日本版編集部

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