工房、博物館…奥深き活版印刷の世界に触れて

Photography: Tomonari SAKURAI

“結婚してください”そんなメッセージを活版印刷で1枚だけ名刺サイズで作った。などと話してくれたのは明治からつづく銀座にある中村活字さん。以前フランスの印刷博物館をお伝えして以来、活版印刷にはまった僕は、その博物館にあるアトリエの友の会に入って活版印刷修行中。そこで、今回日本の活版印刷を見たいと思い老舗の活版工房にお邪魔した。

入り口に飾られている半纏にはTの文字。活版印刷を英語で言うとTypographyという。その頭文字を使っている。この半纏は昭和のものでなんと粋な半纏か。

創業明治43年。関東大震災、太平洋戦争の空襲を経験した。幾多の困難を乗り越えていまも銀座で活字を使った印刷を守り抜いているのだ。壁にはぎっしりと並んだ活字のひきだし。ここに書体やサイズの違う活字が納められている。ひらがなは“いろはにほへと”順に並べられ、漢字は部首別に並んでいる。そこから必要な文字を抜き出して原稿の通り文字を組んでいく。その部首別というのも偏で集められていたり、旁で分けられていたり。それは漢字の成り立ちによって分けられているモノもあり一筋縄ではいかない。ある意味漢字の面白さだ。ちなみに僕のフルネームを見つけてくれるというので、この部屋をあちこち駆けずり回って漢字4文字を集めてくれると期待していたら、ほぼ同じ棚から出てきてちょっとがっかり。

引き出しには活字が並べられている。それは部首別などある規則に合わせて並んでいる。昔ながらの活字屋さんと割と新しくできた出来たところでは並べ方に違いもあるとか。

かつてこの界隈には新聞社がありその活字を組んでいたわけだが、今では名刺を専門としている。ここでオーダーする人はその活字で組まれた名刺を渡し、それをわかる相手とは良いビジネスが出来ると言われているという。シャープでひとつひとつの文字が力を持つ活字で作られる名刺には魂が宿る。ここにはドイツ人の活版アーティストとの交流がありドイツで活版の神として称えられるグーテンベルクが飾られているのが面白い。活版の発祥の地であるドイツを敬愛する中村活字さんなのだ。

中村活字五代目中村明久さん。これからも活字の素晴らしさを伝え続けてください。

JR市谷駅を通過するとき大きなDNPのビルが目に付く。そこから大日本印刷のビルが奥へ奥へと建ち並んでいる。そのビルに挟まれて古い建物がある。市谷の杜 本と活字館だ。オープンは2020年11月。何と、ゼロから復元した建物なのだ。もともとは大正15年に竣工したその姿を復元したもの。それを見るだけでも価値がある。表だけでなく、中に入っても残っていた資料から出来る限り再現したその姿は見事なものだ。そこに大日本印刷の原点である活版印刷が保存、展示されており、かつての印刷工場の一部を復元して展示されている。

活字の棚にはモニターがありインタラクティブで解説される。その後でちょっとしたゲームで活字を拾う文選を体験できる。

それぞれが分かりやすいようにデジタル技術を利用した解説など活版印刷に興味があったら1日いても飽きない。何よりも母型が出来るまでの原図からの展示は大変興味深い。母型から鋳造して活字が作られ、文字の多い活字が如何に効率よく見つけて組んでいけるか、並べられたかなどという点においては、自分がフランスでアルファベットだけで組み版をするのとは大違い。ずらりと並んだ活字の棚「ウマ」は圧巻だ。

活字の並べられたウマにはよく使われる2000文字が並ぶ。このウマは更に多くその倍近い数の文字が格納されている。それぞれの文字で複数使うので数杯の数の活字が収納されているのだ。

原稿に合わせて組まれ植字された版はまた美しい。輝いて見える。戦前に作られたという日本製の平台印刷機は現在復元中。活版印刷というとドイツのハイデルベルグが有名で今でも使われているが、日本製の機械を展示しているのもうれしい。説明書やパーツも無く手探りでばらして組み直していく作業。その中で挟まっていた紙が昭和16年の新聞だったとか。その一角には製本のための糸かがり機もある。

母型に鉛を流し込んで活字を作る機械。休館日などに修理や復元を行っているのだ。

2階に上がるとこの市谷印刷工場とその時計台の復元の様子が展示されている。当時の資料は少なく、その少ない資料に合わせ白黒だけの写真を手がかりに如何にここを復元したかの展示だ。大日本印刷と活版印刷の歴史に触れられるこれまた興味深い展示。この復元に本気で取り組んだ大日本印刷は素晴らしい。

2階にはこの建物が如何に復元されたかも展示している。

その横には活版印刷体験コーナーがあり卓上活版印刷機(テキン)を使って自分で印刷を体験できる。現在はCOVIDのせいでその体験コーナーは残念ながら休止中でスタッフが作ったシオリなどを来場者にプレゼントしている。

大正15年に建てられたときに作られたパンフレット。こういった過去の資料からこの建物を復元。ただし、モノクロ写真ばかりなので壁の色などの資料がない。そういった所いかに復元していったのは是非市谷の杜で見ていただきたい。

活版印刷からオフセットに移り今では大半がデジタルコンテンツに移りゆく中、ぬくもりのある、人の手によって作られていく活版印刷はどこか温かく優しい。大日本印刷が活版印刷に特化してこの施設を一般公開しているのは本当に素晴らしい事だ。COVID-19のおかげで気軽に来館できなくなっているが、ホームページでバーチャルに訪れられるサービスも行っている。でも、願わくば予約をしてぜひ実際に肌で感じながら日本の活版の歴史を体験して欲しい。

ビルに囲まれた市谷にタイムスリップしたように現れる市谷の杜。この建物を見に行くだけでも価値がある。

市谷の杜 本と活字館
https://ichigaya-letterpress.jp


写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI

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