オクタンVol.32に掲載したアルピナB7Sターボのレストアについて、多くの読者から「その後」について問い合わせをいただいた。じっくりと仕上げられた世界限定30台の名車は、永久に新車のような価値が続く施術を受けて再び日本に戻ってきた。
アルピナ愛
初回の掲載から少し時間が空いてしまったのは、アルピナ本社でのレストアというあまりにもユニークなテーマに私自身が飛びついてしまい、進行のスケジュールを確認せずすぐに記事にしてしまったから。B7Sターボはバイエルン州ブッフローエにて、ある意味計画通りにていねいな作業が進められ、より凛とした姿に仕上がって納車を迎えることになったのだ。前回までの話は、まず下記から読んでいただきたい。
■アルピナに魅せられて│「ネジ一本までレストアされた状態」を本社で実現
https://octane.jp/articles/detail/6532アルピナ。正式にはアルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン合資会社。BMW社とはしっかりとした協力関係を築きながらも、ファミリービジネスとして独立した経営を続けている。前回も記したが、アルピナは " Understatement(控えめ)"であることを美徳としており、いわゆるチューニングカーのような、単なるパワーアップやサスペンション強化だけを求めることない。エンジン設定はあくまでも実用的な領域でのドライバビリティを高める方向性であり、またこれだけ扁平率の低いタイヤを履きながらも驚くほど快適な乗り心地を実現しているのは、ストロークを生かすしなやかなサスペンションセッティングにこだわっているから。アルピナのスペック表記が「最高速度」ではなく「巡航最高速度」となっていることも有名な話。その高いパフォーマンスを、すべて使い切ることを前提とした設計となっているのだ。
アルピナは、3リッター(2986cc) のM30エンジンをベースとするB7 Turboの生産が終わる頃、新しい3.5リッター(3453cc) のM90エンジンをベースとしたB7S Turboを開発した。最大出力は300psから330psに、最大トルクは462Nmから500Nmへと高められている。まずはE12 5シリーズベースのリムジンが60台、つぎにE24 6シリーズベースのクーペが30台の限定生産であった。クーペボディはすべてアルピナグリーンに塗られ、ゴールドのピンストライプ、リヤサイドパネルにはアールヌーヴォー書体にてB7S Turbo のレタリングが入れられている。内装はセンターにグリーンのタータンチェック柄の布地、両サイドが黒革のシートを特徴とする。
このB7Sターボのレストアをオーダーしたオーナーは、正に生粋のアルピナ好きである。マニアというべきか、ファンと表現するべきか、とにかくその知識の豊富さには敬服を覚えるほど。ご本人のアルピナ保有台数はB10 3.5、B3 3.2など計5台。中には新車で購入し18万kmを走破した車もあるという。
ドイツ本社の本気
B7Sターボが本牧埠頭を出航したのは2019年6月4日。復路は時間とリスク、コストとのバランスから空輸を選び、成田空港に到着したのが今年2021年6月14日である。レストアには輸送期間を含め、ほぼ丸2年の歳月を費やしたことになる。
日本へ向けて旅立つ日の朝、アルピナ本社敷地内にあるBurkard Bovensiepen(ブルカルト・ボーフェンジーベン)氏の自宅前にて。せっかくなので出来れば私自身も現地取材をと考えていたが、さすがにコロナ禍でそれは叶わなかった。したがってこの記事はオーナーからのヒアリングと、インポーターであるニコル・オートモビルズの情報提供をもって進めており、さらに詳しい作業内容についてはアルピナ本社が制作した「世界に1冊だけ」のフォトブックに収められた内容を元にしている。日本でのきちんとした取材・撮影は次号オクタン日本版(Vol.36)まで待っていただくことになる。この1台のレストアのためだけに編集された本からは、独アルピナ本社の力の入りようがひしひしと伝わってくるのだ。ドイツ語で書かれた内容は、現責任者であるAndreas Bovensiepen(アンドレアス・ボーフェンジーペン)氏の挨拶から始まる。
「このたびはBMW ALPINA B7S TURBO COUPÈのレストアをご依頼いただき、誠にありがとうございました。アルピナの歴史の中でも重要なモデルが、レストアのためにブッフローエに戻ってくることは、私自身やアルピナのスタッフにとっても特別に名誉なことです。この車は世界で30台という限られた台数であることもあり、コレクターには特に人気の高いモデルです。この本はレストア過程の記録です。我々スタッフはこのプロジェクトに心血を注ぎ続け、あなたのBMW ALPINA B7S TURBO COUPÈが、かつての栄光を取り戻すことに成功しました」
出来ることはすべてやる
製造年:1982年5月 シャシー番号:5593045 エンジン番号:3708。これがこのB7Sターボ固有のナンバーである。さて、元の状態はどうだったのだろう。
オーナーが安心してドイツまでこの車を送り出す決意を固めることができたのは、その良好なボディ状態であった。塗装はやり直すつもりであったが、そもそも保管状態が良かったようで錆や腐食がほとんどない。エンジンは、機械式インジェクションシステムがかつては修理不能だったということで、燃料系がMo TeCに換装されており、これが本来の性能を大きく損ねていた。オーナーの知るところによると、このようにMo TeCにやむを得ず換装されてしまった個体は少なくは無いということである。ZF製トランスミッションは特に問題はなし。スプリングがヘタり車高が少し落ちてしまっていた。
インテリアはおおむね綺麗な状態であった。シートやルーフも、出来るだけオリジナルを残したレストアが可能と思われる程度の良さであった。
戻ってきたときにクーラーのドレンホースが外れていたり、油温計が動かなかったりと多少のトラブルはあったし、輸送時についたであろうホイールの細かい傷もあった。だが2年間を待ったオーナーの満足度はそれらをもってしても余りあるほど。間違いなく一生手放すことはないだろう。