オリジナルこそがベスト。大がかりな作業で貴重なコブラが甦る!|蛇遣いは魔法使い【後編】

Photography:Gus Gregory and Paul Harmer

この記事は『まったくオリジナルのまま!初期型コブラを手に入れ、レストアを始めるまで|蛇遣いは魔法使い【前編】』の続きです。



かつては人気薄だったコブラ


ここからはスティーブ・グレイの番である。「かなり昔に米国でレストアを受けていたようで、最初はいくつかの疑問点があった。下回りを確認できるようになった際に、私は懐中電灯を手に1時間も見回したが、最初からこれは本物だという確信があった。というのも、この車にはシャシーとフロアパンを結ぶ木製のくさびがそのまま使われていたからだ。急ぎジョンに電話して"これを買わない手はない!"と伝えたんだ」



Mk.1コブラの特徴は、横置きリーフのサスペンションとウォーム&セクターのステアリングである。ステアリングは1963年はじめにラック・ピニオン式に変更されているが、それにはフロントサスペンションのウィッシュボーンの形状とピックアップポイントを改める必要があった。CSX2082は初期型のウィッシュボーンとステアリングボックスを備えていた。しかし、良いニュースばかりというわけではなかった。ごく普通の観察者には素晴らしい状態に見えるだろうが、実は初期の頃に事故を起こして修復された痕と、1970年代に再修復された形跡が見つかったのだ。

「ずいぶんといい加減な部分があった」とスティーブは振り返る。「パネルの両面を計測すると半インチも盛った部分があった。だが私はジョンに心配する必要はないと請け合った。中身は間違いのない車だったからだ」

2021年現在の私たちにはとても信じられないが、1960年代から70年代にかけては、コブラは特に貴重なモデルではなかった。ジョン・ケントは、1974年2月にCSX2082を購入し、レストアしたアメリカのエンスージアスト、ティム・エルフリンクを探しあてた。

「申し訳ないが、あれは最高の仕事ではなかった」とティムはジョンに語ったという。「当時コブラは今のように価値のある車ではなかった。私が手に入れる前にコブラはダメージを受けており、前のオーナーは兄弟と一緒に修理してエナメル塗装で塗り直したらしいのだ。結局1年かそこらでジョン・カルテンバッハに売ったのだが、その前に彼の要望で少し手直ししたんだ。確かに7000ドルで手に入れて、ほとんど同じぐらいで手放したと思う」

実際、CSX2082は新車時でも購入者を見つけるのに苦労していた。残された書類を辿ってみると、1963年3月分20日にイリノイ州のRRRモータースに5057ドルで売却されたが、1年後には売れずにシェルビーに戻されている。1964年4月16日にシェルビーは、アイダホのポカテッロのフォード・ディーラー、エド・フランドロに5000ドルで再び販売、結局その年の終わりにようやく買い手をみつけることができた。英国を旅立ってから実に1年半後のことである。オーナーの名はジム・ウェバー、彼がティム・エルフリンクに1974年はじめに譲り渡した人物だ。

このコブラのヒストリーでは、初めのいくつかの点について、未だに判然としないところもある。フォードが、1960年代の終わりになるまで、スモールブロックV8エンジンにシリアルナンバーを刻印していなかったせいでもある。

「この289エンジンには1964年6月18日という鋳造コードがあり、また組み立てコードによると1964年8月25日となっている」とジョン・ケントは説明した。「元々は1963年製のエンジンを積んでいたのだが、ジム・ウェバーに売却される前にエンジンが換装されていたかもしれない。あるいはティム・エルフリンクがその10年後に交換したのだろうか?」

CSX2082に関するティムの記憶は、当たり前だが明確ではない。なにしろもう47年も経っているのだ。しかし彼はいくつものパーツを2082から取って、彼が所有していたもう1台のコブラCSX2543をリビルドするために利用したことははっきり覚えていた。2543は非常に高性能なエンジンを積んでいたという。ということは、ティムは、若干後期のV8エンジンを積む2543から、2082に移植したのだろうか? 

フォード289"V8は正しいエンジンだが、1970年代半ばに換装されたものらしい。

もうひとつの疑問は、2016年にジョン・ケントが手に入れた時に、CSX2082がフェンダーベントとわずかにフレアしたフェンダーアーチを備えていたことだ。オーバーヒートはコブラの持病であり、最初の160台あまりの後にはその対策としてフロントフェンダーにルーバーが開けられたのだが、しかしジョンのコブラのベントはオリジナルとは思えず、後に付け加えられたものと判断された。

Mk.2仕様のフェンダーベントは後に追加されたもので、レストア過程で埋め直された。

オリジナルの赤いペイントが残っている。

1975年にティム・エルフリンクがジョン・カルテンバッハに売った後の、CSX2082の足取りについてはそれ以前よりもずっと克明に記録に残されている。カルテンバッハは1988年まで所有し、ディーラーからの申し出でフェラーリ・ディーノと半ば交換するように売却したという。当時ディーノは9万ドル、コブラは6万ドルだったという。

ディーラーはその後3万ドルをかけてコブラをレストアし、ニューヨークのマーク・シャーマンというエンスージアストに16万5000ドルで売り渡した。それは80年代後半の、クラシックカーブームの頂点の頃であり、その後1998年にモントレーでのRMオークションではわずか9万8975ドルで落札され、さらにその5年後、英国のクラシックカーディーラーであるブライアン・クラシックスに16万7400ドルで譲渡後、ロード・ドレイソンに転売された。彼は2016年のRMサザビー・オークションに出品するまでコブラをフランスに保管していたという。そこでの落札額は45万9200ドルだったが、ジョン・ケントはその後に少しだけ安く手に入れたという。もちろん、ブルックランズ・モーターカンパニーが完璧にレストアした現在の価値はそんなものではない。

「塗装を剝ぎ取り、シャシーとボディを外した後で、私たちはACオーナーズクラブの名誉会長であるバーティー・ギルバート-スミスと、コブラの専門家であるニック・グリーンを招いて車をチェックしてもらった。ドアやその他のすべてのマッチングナンバーを確認してもらい、間違いなくオリジナルだと分かった」とスティーブは回想している。



「その後、単なるレストレーションではない、私たちが保存段階と呼ぶ工程に移る。このコブラは明らかに右前部に大きなダメージを負っており、いくつかのシャシーチューブが交換されていた。インナーパネルには、ボディシェルを延ばした痕が見て取れるはずだ。しかし、私たちはその痕跡もヒストリーの一部として残すことにした。またシートも1970年代に張り替えられているようだが、それもそのままにした。そういう部分もその車のキャラクターだと考えている」



しかしながら、そのアルミニウム製ボディは大がかりな作業を必要とした。同社のエース板金工であるロジャー・デュークは、木型で修復する前に傷んだボディを分割し、その後で1mm幅のアルミ合金を使って溶接し直したという。シャシーとボディの修復には何百時間もかかったという。幸いなことにスモールブロックV8は伝説的な信頼性を維持しており、ほとんど何も手を加える必要はなかった。サスペンションとリアデフはリビルドされ、ステアリングボックスも同様、さらに正しくない6.5Jのクロームスポークホイールに代えて、ACグレイハウンド5.5Jワイヤホイールを見つけて装着した。





板金工のロジャー・デュークと同僚が、ACの1960年代のオリジナル木型を使って何百時間も費やしてボディとシャシーを修復した。

「後期型289コブラはMk.1よりもわずかに幅広いホイールを履き、それに合わせてホイールアーチも若干フレアしている」とスティーブは説明する。「初期型ホイールはオフセットが小さく、ワイヤスポークがリムに近いんだ」CSX2082はこれで出荷当時のMk.1そのものと言いたいところだが、まだ細部は完ぺきではないという。「ステアリングホイールが、後のMk.2用のディッシュタイプのままなんだ」とスティーブ。「今付いているものはウィンカーレバーがボスの上にある点などほぼ正しいけれど、本来はもっとフラットなんだ。今もオリジナルのMk.1ステアリングホイールを探している」

編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA

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