冬のドライブとコーヒーのある幸福な時間について

Ken TAKAYANAGI

さまざまな登場人物がコーヒーを片手にタバコを燻らせながら、他愛もない(出演者の顔ぶれを加味すれば、他愛もないどころか、あまりにも贅沢だが)会話を繰り広げる11本の短編からなるジム・ジャームッシュ監督の代表作「コーヒー&シガレッツ(2003)」。1986年に「サタデー・ナイト・ライブ」のために撮影された、ロベルト・ベニーニとスティーブン・ライトの「変な出会い」を第一話に、イギー・ポップとトム・ウェイツ、ケイト・ブランシェットの一人芝居の回など、時代と出演者を変遷しながら、2003年に撮影されたテイラー・ミードとビル・ライス出演の「シャンパン」で締め括られる。出演者が実名で登場することから、どこまでが演技で、どこまでが本人自身の発言なのか興味深くもあるが、いずれにせよこの映画を映画足らしめているのは、出演者全員に「スタイル」があることに他ならない。



コーヒーをスタイルとして見れば、サードウェーブコーヒーの世界的ムーブメントの最中に公開された「ア・フィルム・アバウト・コーヒー(2014)」は、「コーヒー&シガレッツ」の真逆にあるドキュメンタリーだ。そこではコーヒーは会話の脇役ではなく、コーヒーそのものが「スタイル」として描かれる。ブルーボトル・コーヒーのオーナー、ジェームス・フリーマンは「サイフォン式で淹れるコーヒーの所作の美」を称し、「収穫するとき、焙煎するとき、淹れるとき、コーヒーは3度作られます」と全米バリスタチャンピオンのケイティ・カージュロは、コーヒーそのものの奥深さを語る。



ところでコーヒーには国別の「スタイル」がある。イタリアのエスプレッソ、フランスのカフェオーレ、アメリカのアメリカン(ちなみにアメリカ人は当然自国のコーヒーのスタイルを”アメリカン”とは言わない。イタリアではエスプレッソを薄めたものをカフェ・アメリカーノと呼ぶ)がその代表的なものだろうが、これらコーヒーの「スタイル」の地が、世界の自動車の歴史を作ってきた国と重なることに何か意味は見出せないか。ちなみに、植民地政策時代からティ・カルチャーが浸透しているイギリスを除いて、ドイツはコーヒー・メーカー用のフィルタを開発(メリタ・ベンツによる)した国であり、コーヒー消費量でアメリカ、ブラジルに次ぐ世界第3位の国でもある。日本はコーヒーオリジンな文化ではないものの、持ち前の探究心によりインスタント・コーヒーを発明し、世界最高峰と言われるまでにその技術を磨き上げ、コーヒーにセカンドウェーブ、サードウェーブをもたらした国とも言われている。これは推論というほどのレベルにも至らない”コーヒー・トーク”でしかないが、コーヒーと車に何かしらのシンクロニシティがあるならば、ちょっとロマンチックではないか。



冬の朝、淹れたてのコーヒーが入ったマグボトルを片手に、まだ夜が明けない時間から周囲に十分配慮しながらエンジンをかける。静々と往来の少ない大通りまで出て十分にエンジン他の駆動系へとオイルを送り、同時に温めていく。クラシックカーの室内が温まるのはまだそのずっと先だ。車を停止させられるところまで来たら、車全体が温まるまでの間、ひとまず今日一杯目のコーヒーに口をつける。目的地は空気の澄んだ場所が理想的だ。ひとしきりドライブを楽しんだら、2度目のコーヒーブレイクを。車を降りて、ヒーターで少々熱った身体を冬の冷気にさらしながらの一服は、この季節でしか味わえない最高の時間だ。



コーヒー&シガレッツからコーヒー&カーズへ。
「ア・フィルム・アバウト・コーヒー」でコーヒー・レジェンドのジョージ・ハウエルは「およそ90℃で淹れられたコーヒーは57℃まで落ち着くと新しい世界が広がる」とコメントしている。冬の朝、美味しいのはやっぱり熱い一杯だと思うのだけれど。


文:前田陽一郎 写真:高柳 健
Words:Yoichiro MAEDA Photography:Ken TAKAYANAGI

文:前田陽一郎 写真:高柳 健

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