クラシックカー界の2021年カー・オブ・ザ・イヤーに輝いたのは?|第11回ヒストリック・モータリング・アワード受賞者発表【後編】

Octane



生涯功労賞
ビル・ウォーナー

ビル・ウォーナーのように、根性と決意と情熱で何かを作り上げ、自分の直感は正しかったという途方もない満足感を味わえる人物は稀だ。ビルが作り上げ、人が集まったフィールド・オブ・ドリームスは、アメリアアイランド・コンクール・デレガンスである。このフロリダの名高いイベントは、現在は保険会社大手のハガティーが買い取っている。

子どもの頃から自動車の世界にどっぷり浸かっていたビルは、モータージャーナリストとなり、記事は多くの有名雑誌に掲載され、写真でも数々の受賞歴がある。これと平行して、ビルは自動車、特にレーシングカーに心を奪われた。1975年にはポルシェ911でキャノンボールに出走し、14位で完走。さらには、かのイネス・アイルランドらと、なんとハーツのレンタカーでラップ・オブ・アメリカに出走したこともある。1970年代末にはシングルシーターとサルーンレースのベテランになり、1980年代にはジャーナリストによるIMSAメディア・チャレンジを3度制覇した。当然ながら、その後はヒストリックレースやラリーに活動の場を移し、ミッレミリアにも何度も出走している。

レースの傍ら、クラシックロードカーやレーシングカーの収集とレストアにも情熱を傾けた。そのコレクションは幅広く、元ボブ・トゥリアスのグループ44トライアンフTR8では、自ら様々なレースに出走したほか、1952年マンツ・ロード・ジェットや1928年シンプレックス・ピストンリング・スペシャルなども所有。デイトナを愛用しているが、頂点は、エドセル・フォードの1934年フォード・モデル40スペシャル・スピードスターで、これは2008年に手放した。

こうした数々の活動が、やがてひとつにまとまるのは必然だったのかもしれない。1996年、ビルは自宅があるフロリダ州ジャクソンビルの近郊で、アメリアアイランド・コンクール・デレガンスを創設した。以来25年間で、一流のクラシックカーが集う世界トップクラスのイベントに成長させただけでなく、350万ドルを超える額を集めて、地元の慈善団体に寄付している。

前述の趣味や活動に加えて、本を執筆し、世界中のコンクールで審査員を務めながら、ビルは残った時間でルメイ自動車博物館やモントレー・ヒストリックレースの運営委員なども務めている。

長年のボランティア活動を称える全国的な賞や、リー・アイアコッカ・アワード、ニコラ・ブルガリ・アワードなど、受賞も数多い。今回はこの賞で、自動車への熱い思いを共有するために、労を惜しまず努力を重ねてきた功績を称えたい。

翻訳:木下 恵 まとめ:オクタン日本版編集部

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