レストアするなら徹底的に!ネジの一つまで輝くディーノ246GT

BELL SPORT & CLASSIC

フェラーリへのオマージュと永遠のレガシー

ディーノといえばフェラーリの歴史を語る上で欠かせない車だ。

エンツォ・フェラーリは、筋ジストロフィーにより24歳で亡くなった長男のアルフレード・"ディーノ"・フェラーリに敬意を表して、V6のF1およびF2レース用エンジンのシリーズに"ディーノ"の名前を初めて使用した。そして1968年、フェラーリは初のV6エンジンを搭載したミッドシップカーを "ディーノ "ブランドとして発表したのだ。ピニンファリーナがデザインしたこの車には、従来のカヴァリーノ・ランパンテ(跳ね馬)のフェラーリ・バッジの代わりに、アルフレード・"ディーノ"・フェラーリのサインのエンブレムがつけられた。



最初に発売されたディーノは、2.0リッターV6エンジンを搭載した206GTであった。その1年後、ホイールベースを60mm延長し、よりパワフルな2.4リッターエンジンを搭載した246 GT Lと、タルガモデルの246 GTSが追加された。マラネロで生産されたLシリーズのディーノはわずか357台で、その後、Mシリーズ、Eシリーズと生産台数を増やしていった。

1969年、著名な自動車ライターでありレーシングドライバーのポール・フレールは、ディーノ246 GT Lの卓越したドライビング特性をこう表現している。
「ディーノは、カーブが多く、見通しの良い道路で運転するのが一番楽しいんだ。そういった道で、これほどドライビングを楽しめる車は滅多にない」

ディーノに熱中しているのはフレールだけではなかった。
「ディーノは、見た目も、音も、走りも、評論家やお客さまに愛されました。トニー・カーティスが246GTを駆る、カルト的な人気を誇る刑事ドラマ『パースエイダーズ』でも有名になりました。この車がデビューした当時、エンツォ・フェラーリは、ロードゴーイング・クリエーションにはV12エンジンしか搭載すべきではないと主張し、サブブランドとして新しいV6エンジンを搭載したディーノを発表していたことを考えると、驚くべきことです。しかし今日、フェラーリは新型296GTBで、ターボチャージャー付きとはいえV6エンジン方式に回帰したのです」
とティム・カーンズは明かす。

そんな歴史に残る名車ディーノの246 GTディーノLシリーズの、コンクールレベルの完全なグランドアップ・レストアが、イギリスのチューニングメーカー、ベルスポーツ&クラシックによって完成した。



1969年にマラネロ工場から出荷され、その年のフランクフルトモーターショーに出展された後、西ドイツの顧客に引き渡されたこの車は、同国で販売された最初のディーノであり、フェラーリによる7番目のLシリーズである。現在、このコンクールコンディション、低走行距離、初期型左ハンドルのディーノは、愛好家にとって最も重要なモデルのひとつとなっている。

基準を高め、本物を尊重する

2017年にベルスポーツ&クラシックの広大なレストア施設に到着する前、シャシー番号00436の、357台中7番目に製造されたことが確認されたこのディーノ246GTは、ドイツ、フランス、カナダ、アメリカのオーナーのもとで過ごし、世界中を旅してきた。48年間で走行距離はわずか53,400マイル(約86,000km)。しかし、この車はかなり痛んでいた。



「正直なところ、他のレストア会社がこのプロジェクトを引き受けたかどうかは疑問です」
と、語るのはプロジェクトリーダーのピーター・エンザー。彼は、マーク・ホールデン、エリオット・イースト、テクニカルディレクターのアッティリオ・ロマーノとともに、ディーノのレストアを担当する主要チームを結成した。

「この車は、過去に2度レストアされましたが、本当の意味でのケアと正確さに欠けていました。外装は、本来のオレンジ色味がかったロッソ・ディノではなくロッソ・コルサで塗られていましたし、レザートリムも違っていました。オレンジ色のシートに合わせた工場出荷時の黒ではなく、黒と赤になっていたのです。それは序の口でした。もっと掘り下げると、他にも問題がたくさんあることがわかりました」

インナーウイングや形の悪いフロント・リヤバランスには錆が発生していた。ドアパネルのスクープは高さも角度もボディと合っておらず、ホイールアーチの高さも左右で一致せず、リアのルーフラインも狂っていた。さらに、オリジナルのフロントウィングパネルの上に、交換用のフロントウィングパネルが溶接されていることも判明した。シルとロッカーパネルにも同じ技術が使われていて、継ぎ目の線がなくなり、その下には錆がこびりついていた。

この車の危険な状態の全容が明らかになったのは、ベルスポーツ&クラシックがスチール製モノコックへの完全なストリップダウンを完了した時である。この作業には数カ月を要し、チームはアルミニウムパネル、ドア、ガラス、そしてすべての機械部品を慎重に取り外した。このとき初めて、ディーノをレストアするためにどれほどの労力と時間、そしてスキル(言うまでもなく費用も)が必要かが明らかになったのである。



しかし、ある意味、この車の状態は、ベルスポーツ&クラシックが誇るボディワーク、メカニカル、インテリアトリムの修復の専門技術を発揮するための理想的なプロジェクトだった。同社は、業界内で比類のない基準を設定し、車のオリジナル性を完全に尊重しながら、工場出荷時のレベルを大幅に上回る仕上がりを実現することを誇りとしている。

最高水準の作業を行い、過去のフェラーリ・モデルのレストアでフェラーリ・クラシケの認定を受けているベル・スポーツ&クラシックは、ディーノ・プロジェクトを引き受けるのにふさわしい存在だったのだ。しかし、その卓越した知識と経験にもかかわらず、同社はディーノモデルの世界的権威である著名な作家、マティアス・バルトに専門知識を求め、手を抜くことはなかった。これにより、この車両が間違いなく本物であることを確認し、オリジナルのファクトリー仕様に関する詳細な情報を得ることができたのだ。

こだわり抜いたディテール

2.4リッターV6エンジン、トリプルウェーバー40DCFキャブレター、5速ギアボックス、全周ディスクブレーキ、前後コイルスプリング、ダブルウィッシュボーンサスペンションはフルストリップされた。各部品はオリジナルの仕様に丹念にレストアされ、摩耗した部品はすべて再加工または必要に応じて交換。ベルスポーツ&クラシックが所有するエンジン専門工場でリビルトされたV6は、ダイナモメーターでテストされ、1日ベンチランが行われた。その後、エンジンは再びローリングロードでテストされ、工場出荷時と同じ191bhpを発生するように微調整が行われた。



バーツから提供された専門的な情報をもとに、ベルスポーツ&クラシックチームは、可能な限り最高の仕様でディーノをレストアするために細心の注意を払った。

「例えば、ドアの下にある敷居に沿ったパネルシールがあリます。標準以下のディーノのレストアでは、ここが塗料で埋まってしまい、ディテールが失われてしまうのです」
とエンザーは説明する。

「人によっては些細なことかもしれませんが、私たちにとってはそれがすべてなのです。こだわりといえばこだわりですが、私たちのディーノでは、パネルシールに一点のペイントもなく、ディテールも完璧です」

ディーノを象徴するエアインテークスクープは、ドアからリアパネルにかけてエレガントにカットされ、ミドマウントされたV6エンジンにたっぷりと冷気を供給できるよう、チームでは同様の完璧なアプローチを取っている。



「1960年代当時、マラネロでこれらの車を製造していた人々は、今日のように自由に使える技術を持っていなかったため、フィット感や仕上げは、しばしば期待とは異なるものになりました。シャシー番号00436のこのディーノが1969年にマラネロから出荷されたときも、ドアスクープの位置がわずかに一致していない状態でした。私たちは何百時間もかけて、ドアスクープが正しい位置にあることを確認したのです」
とエンザーは続けた。

左右対称の完璧な状態を実現するためには、ホイールアーチを作り直し、新しいシルを加工して取り付ける必要があった。

「ボディパネルが完成した後も、ドアのスクープがボディパネルのスクープと正しく並ぶようにするという問題がありました。そのため、ドアを再加工し、元のスクープを新しいスキンにアルミニウム溶接する必要があったのです」

オクタン日本版編集部

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事