現存するジャガーEタイプの中でも特に重要な4台が集う|最初の精鋭たち【前編】

Amy Shore

野心的なあまり背伸びをしすぎると、往々にしておきることだ。1961年3月15日、ジュネーヴ・モーターショーの開幕直前に、ジュネーヴのオーヴィーヴ公園で世界のプレスにジャガーEタイプを披露したときも、手に汗握る緊迫の展開となった。

手作業で組み立てられ、「9600HP」の登録ナンバーを付けたフィクストヘッドクーペのプロトタイプは、ジャガーの広報マンだったボブ・ベリーによってコベントリーから全開で走り続け、公開わずか20分前に到着したのである。

スピードと疲労、頭が真っ白になるパニックの末に、プレスの熱狂的な反応を目の当たりにしたウィリアム・ライオンズ卿は、ファクトリーにいたテストドライバーのノーマン・デュイスに対し、Eタイプのロードスターにただちに乗り込むよう指示した。そして、翌朝一番にクーペと共にパレードができるように、その夜のうちに同じ600マイルを走破させたのである。

高性能、手頃な価格、美しさの三拍子だったが…


圧倒的な美しさを誇るボディワークは、空力の専門家で航空機のエンジニアだったマルコム・セイヤーがデザインした。戯画的ですらあるEタイプの姿は、他のどの車とも一線を画していた。技術的にも先進的で、航空機の手法をヒントに、構造部にモノコックとスペースフレームを併用し、ジャガーのトレードマークとなる四輪独立式サスペンションとディスクブレーキを採用。まさに当時のスーパーカー仕様である。だが真に驚異的だったのは、比較的リーズナブルな価格設定だ。クーペは2196ポンド、ロードスターはわずか2097ポンド(現在の約3万8000ポンド)である。当初、ジャガーは250台製造する計画だったが、ジュネーヴ・モーターショーが終わる頃にはオーダーが500を超えた。以来14年間に、7万2000台以上のEタイプが造られた。

当時、性能的に競合するモデルであったフェラーリやアストンマーティンは、はるかに高額で、しかも納車までに何カ月も待たされた。そこでウィリアム・ライオンズは、ファクトリーの生産ラインをただちに増設した。ヒット商品を手にしたのだから、できるだけ多く生産するに限る、というわけだ。こうしてEタイプは至るところで目にするスポーツカーとなり、性能は素晴らしかったものの、時間と共に中古車価格は下がり、悲しいかな、かなりの数のEタイプがただの“ボロ車”として扱われた。もし製造数が数千台だったら、そしてライオンズが最低限の価格にしなかったら、今ごろEタイプは希少モデルとして、はるかに高い価値を維持していただろう。今も(比較的)手の届く価格に抑えられているのは、私たちにとって実に幸運なことなのだ。

4台の精鋭


Eタイプが60周年を迎えた今こそ、ジャガーが成し遂げた偉業をあらためて確認するよい機会だ。どのバージョンも高く評価され、クラシックカーとして大切にされているが、美しい品がたいていそうであるように、他に抜きん出る特別な逸品がいくつか存在する。

今回の舞台は、指定建造物2級に登録されているウェスト・ヨークシャーの壮麗な邸宅、ボウクリフホールだ。現在では、高名なエンスージアストでヒストリックカー・レーサーでもあるジョナサン・ターナーが所有している。



様々なオートモビリアが飾られた会員制施設のボウクリフ・ドライバーズクラブは、ファストレーンクラブ社が主催した、“Eタイプ・アイコニック・セレブレーション”を開幕し、ヨークシャーデールズを駆け抜けるイベントの出発地にぴったりである。ここに、現存するジャガーEタイプの中でも特に重要な4台が集った。どれも初年度製造なので、コクピットのフロアが平らな、いわゆる“フラットフロア”で、ボンネットロックが外部に付いた、Eタイプコレクター垂涎の希少種である(右ハンドルは631台のみ)。4台のうち2台については聞いたことのある読者もいるだろう。残りの2台は何十年も人目に触れていなかった。

ジャガーは1955年にレースから撤退したが、日曜日のレースでの勝利が月曜日の売り上げを左右することをライオンズは承知していた。新モデルEタイプの売れ行きは好調だが、サーキットでの成功でさらに押し上げられるはずだ。そこで、デザイナーのクロード・ベイリー率いる"プロジェクトZP"が立ち上がり、フェラーリの250SWBとアストンのDB4GTに挑むこととなった。

このZP537/24仕様は、たった7台が手作業で組み立てられ、最も忠実なプライベートチームに供給された。トミー・ソップウィズのエキュイップ・エンデバー、ジョン・クームス・レーシング・オーガニゼーション、ピーター・ベリー・レーシングチーム、エキュリ・エコス、そしてガウェイン・ジョージ・ホープ・ベイリー卿と、いずれもライオンズの友人たちだった。実力に加えて人脈がものをいったのである。

この特別なEタイプには、レース部門による丹念なチューニングが施されていた。エンジンでは、バランス取りのほか、公差を詰め、Dタイプのカムシャフトと研磨したヘッド、圧縮比を高めたピストン、チューンアップしたSU製キャブレターを使用。4段のギアボックスはクロスレシオとし、サスペンションには太いトーションバー、アンチロールバー、コニ製ダンパーを装着して、トリプルレースとして強化したワイヤーホイールにダンロップのレース用タイヤを履いた。ベース車両はボンネットロックが外部にあるフラットフロア・モデルだったので、ドライバー横のフロアをへこませてフットスペースを拡大、シート後部は切り取り、ヘルメットをかぶったレーシングドライバーのためにヘッドスペースを確保した。のちにジャガーはこれをロードカーにも採用したのである。


...次回は、この4台を詳しくご紹介する。


編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵
Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA
Words:Robert Coucher Photography:Amy Shore
取材協力:ファストレーンクラブ社(thefastlaneclub.com)、ボウクリフホール(Bowcliffehall.co.uk)ボウクリフ・ドライバーズクラブ

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事