最高出力は707ps!開発陣の執念すら感じるアストンマーティンDBX707を試す

Aston Martin

スーパーSUVこそは、われわれ“好き者”が抱く車への飽くなき欲望を最大化するキワ物であろう。高性能にしてオールマイティであり、オフロードからサーキットまで路面環境を選ぶということがない。ファミリィカーとしての実用性はすこぶる高く、それでいてとびきりのステータス性を有している。今や路上の覇者というべき存在だ。

おまけにメーカーにとっては都合の良いことに大抵のSUVは収益性にも優れている。例えば近年のランボルギーニの驚くべき飛躍(生産台数の倍増)はスーパーSUV、ウルスの存在を抜きにして語ることはできない。

そして世界の高級ブランドは旺盛な需要に応えるべく、驚くべきスピードで高性能SUVを世に送り出してきた。スーパーカーが半世紀かけて到達したハイパフォーマンスの境地に、スーパーSUVはたった20年足らずで辿り着こうとしているのだ。

ランボルギーニウルスをはじめ、マセラティレヴァンテ、ポルシェカイエン、メルセデスマイバッハGLS、メルセデスAMG Gクラス、アウディRS Q8、アルピナBMW XB7、ロールス・ロイス カリナン、ベントレーベンテイガ、そして老舗のレンジローバースポーツSVRまで、たとえオルガルヒの立つ瀬がなくなったとしてもこれらの綺羅星のごときスーパーSUVたちは自動車界のニュースーパースターとして君臨し続けることだろう。高性能なエンジンに換えて、分厚いバッテリーと高出力な電気モーターを抱え込むことになったとしても、だ。SUVにはそれだけのボディサイズ的な余裕がある。ロータスエレトレなどはさしずめ近未来スーパー SUVの試金石となるはずだ。

今やスーパーカー界よりも盛大なパーティ会場となったスーパーSUV界において、異彩を放っているのがアストンマーティンDBXである。“SUVは儲かる”と記したが、それは、前述した多くのモデルがいくつか違うモデルとグループ内プラットフォームを共有することに一つの大きな理由があった。ロータスエレトレでさえそうなのだ。それゆえ価格も高価=二千万円超級となるスーパーSUVクラスはメーカーにとって美味しい巨大なフルーツとなる。

ところがアストンマーティンは違った。パワートレーンでメルセデスAMGの協力を得ている、とはいうものの、肝腎要の車体骨格はメルセデスベンツグループとは全く相入れないオリジナルの設計である。しかもそれはSUV離れしたパフォーマンス、端的に言って“背が高いだけのスポーツカー”というべき自在な操縦性を実現するものだった。全てを乗り比べてスーパーSUV界を分類する機会を与えられたならば皆さんもきっと「DBXとそれ以外」だと感じるに違いない。それだけの違いがあった。筆者などは初めてDBXをテストした際、そのあまりにボディサイズを感じさせないドライブフィールに驚き、むしろそれをしてSUVらしい威風堂々さを求めるユーザーが困惑するのではないか、と危惧したほどだった。

そんなDBXに高性能版追加のニュースが今年の2月に舞い込んだ。その名もDBX707。三桁の数字はズバリ、最高出力を表している。ジープグランドチェロキートラックホークの710psに匹敵するが、SUV 離れしたDBXの優れた運動神経を考慮すれば、事実上、DBX707は今、世界最強のスーパーSUVであるといっていい。あくまでも2022年春の時点に限っての話、ではあるけれど。

そう、アストンマーティンにはできるだけ早くに、驚愕のスペックを有するスーパーSUVを世に送り出さなければならない事情があった。なぜなら22年からの数年間に内燃機関を積んだスーパーSUVによる最後のパワーウォーズが繰り広げられるからである。今年中にランボルギーニはウルスをマイナーチェンジするし、フェラーリは待望のプロサングエをデビューさせる。それらが登場する前にDBX707で華々しく先陣を切ってみせたかった。ちなみにアストンマーティンは高性能モデルだけに注力したというわけではなく、V6ハイブリッド仕様のDBXも新たに投入している。

イタリアはサルデーニャ島で開催された国際試乗会には四種類の新色(ブルーメタリック、マットグレー、グレー、マットホワイト)を纏ったDBX707が用意されていた。

その驚くべきインプレッションを報告する前に、抑えておくべき、そしてこちらも驚くべき車両のポイントを簡単に振り返っておこう。最大の注目点はもちろん、最高出力707ps・最大トルク900Nmを発揮するパワートレーンである。



4リッターのV8ツインターボという点ではスタンダードのDBXと同じ、だが、パワー&トルクスペックはそれぞれなんと157ps、200Nmも引き上げられている。アストンマーティンの開発陣は、ターボチャージャーやボールベアリング系、そして制御マッピングの変更などを性能アップの理由に挙げているが、M177系のV8でM178はおろか、ヴァルハラ用M178LS2レベルにまでスペックを引き上げてくるとは!メルセデスエンジンのポテンシャルの深さに驚くとともに、アストンマーティン開発陣の執念というべきエンジニアリングに、ただただ首を垂れるほかない。おそらく、ヴァルハラ開発において、兄弟エンジンの特徴を知り尽くすことができたに違いない。

組み合わされるトランスミッションも変更された。より効率的でダイレクトな変速を可能とし、しかも莫大なトルクに耐えうるシステムとして、トルコンレス湿式多板クラッチ式の9速オートマチックが採用されている。メルセデスAMGでいうところのスピードシフトMCTだ。

パワートレーンと共にアストンマーティンの開発陣が念入りに仕上げたのが足回りだ。エアサスペンションシステムはボディコントロールを重視して再設定されており、ヒーブやピッチ、ロールのコントロールをいっそうタイトに仕上げた。種々の電子制御システムをリセッティングしたほか、ブレーキパフォーマンスも大幅に引き上げている。リアトラックはワイドになり、前後重量配分は動的に理想というべき52:48を実現。これはフロントが55%以上とヘビーとなることが通例のSUVジャンルにあって、異例のスペックだと言っていい。



まずは拍子抜けするほどスムースでビッグターボチャージャーの存在を感じさせない加速フィールに驚く。一瞬、ノーマルとさほど変わらないと思ったが、達した速度を見て速さを実感する。ターボエンジンに特有の、一気呵成に力を吐き出すような爆発的なフィールとは無縁で、あくまでも洗練されており、荒々しさがない。湿式多板のトルコンレスクラッチによるダイレクトで俊敏な変速だけが唯一、“節目”を感じる瞬間だ。7リッタークラスの非常に精密精緻なエンジンを手に入れたかのようである。そんなものが地上に存在するのかどうかは別にして。

前後重量バランスの良さが効いている。パフォーマンス中のボディは果てしなく強く、しなやかさも存分にあって、よく動くサスペンションと常に一体となりながらドライバーを包み込む。オン・ザ・レールとはこのことで、左右どちらへのステアでも一発でリズムに乗ることができた。それなりの速度域を保ちながら!

感動したのは制動だった。絶対的なブレーキ性能はもちろんのこと、フィールが素晴らしい。車体は速やかに沈み込み、速度にのった車体をがっちりと受け止めながら、不安なく減速していける。そう、減速が楽しい。まるでポルシェ911のようだ。



攻め込んでばかりいたわけじゃない。サルデーニャの景色を楽しみながら、のんびりスカイラインをクルーズするような場面でも、DBX707は常にドライバーと共にあった。



707を経験した後では、ノーマルでもいいじゃないか、などとは言えそうにない。高性能車好きであれば尚更だ。けれどもグレード追加を機にシリーズとしてカップホルダーが新設され、ソフトクロースドアも採用された。DBXの商品力が引き上げられたという意味では、ノーマルやまだ見ぬV6でも楽しめるに違いない。

どうやらアストンマーティンは、これ以上、小さなSUVを作るつもりはしばらくないようだ。ならば、さらにその上はどう? という質問に、ボードメンバーはかすかに微笑んだようにも見えた。


文:西川 淳 写真:アストンマーティン Words: Jun NISHIKAWA Photography: Aston Martin

文:西川 淳 写真:アストンマーティン

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