機能的かつ革新的で大胆な車たち
1967年製のフェラーリ275GTB/4が2750万ドル(約26億8300万円)で落札され、米国における自動車オークションの史上最高額を塗り替えた。これは世界に10台しかないと言われるフェラーリにまつわる物語である。
アストンマーティンを語るときに、しばしば"POWER"、"BEAUTY"、"SOUL"という言葉が使われる。この言葉が最も相応しいモデルといえば、1950年代にサーキットで成功を収めたDB3Sにとどめをさす。
1971年、10代の少年は誰もがドラマ「The Pursuaders!(ダンディ2 華麗な冒険)」の主人公、ブレット・シンクレアになりたがっていた。そしてその中のひとりは、本当にその夢を実現したようだ。
ディーノはフェラーリ社としては「初めてづくし」の車であった。それまでのモデルとは全く性質の異なる車だが、流れる血は、紛れもなくフェラーリから継承されたものである。
エスパーダは、スペイン語で「剣」を意味する。果たしてランボルギーニの4シーター・スーパーカーは、今でもグランド・ツアラーとして鋭い切れ味を保っているのだろうか?
有名なアルファロメオのレース部門が活動を休止してから、ずいぶんと長い時間が経った。しかし、イタリアに飛んだOctane編集部はアウトデルタの魔法は少しも失われていないことを再確認したのである。
コブラには恐ろしい伝説があるが、実はそれほど邪悪ではなかった―― このレース仕様のコブラをグッドウッドで走らせて、むしろその逆であることをOctane編集部は発見した。
ヒーレー100には、オースティンが生産を引継ぐ以前に、ヒーレー自身によって製作された19台のプリプロダクションモデルが存在する。これはその中の貴重な生き残りの1台だ。
1935年、ブガッティはマグネシウム合金製のスペシャルボディを架装した"エレクトロン・トルペード・コンペティション"を発表した。70有余年が経ち、幻のル・マン・カーが蘇った。
買い物の足からセレブのマストアイテムとしてまで、1961年に生まれたミニ・クーパーは世界中に新たなファンを作り出した。3度のモンテカルロ・ラリー制覇もその物語のごく一部に過ぎない。