本物とは何か|N°001 MINAMI AOYAMA DESIGNED BY ASTON MARTIN

VIBROA

アストンマーティンがデザインした邸宅、「N°001 MINAMI AOYAMA DESIGNED BY ASTONMARTIN(以下、N°001南青山)」は何もかもが異例尽くめ。アストンマーティンは「パートナーシップス」と呼ばれるブランドコラボレーション部門を持ち、様々な分野で協業を進めてきた。その中でも「住居」は、他の自動車メーカーに先駆けて取り組んだ分野だ。N°001南青山は、アジア初となるアストンマーティンデザインの邸宅プロジェクトとして、大きな注目を集めている。



東京タワーや高層ビルを望む高台に建設中のこの4階建ての邸宅には、オートモーティブギャラリー、ワインセラー、ホームシアター、ジム、プライベートスパなどが備えられ、随所にアストンマーティンのデザイン理念が反映される予定だ。特筆すべきは、1階のガレージ奥に設けられるリビングスペース。ここからは、まるでアートを鑑賞するかのようにガラス越しに愛車を眺めることができる。



文化・風土における“擦り合わせ”の必要性


アストンマーティンのチーフクリエイティブ・オフィサー、マレック・ライヒマン率いるチームが手掛けたデザインをもとに、日本におけるパートナーであるデベロッパー、株式会社VIBROA(以下、VIBROA)が日本の法規制や環境に併せて設計・施工のパートナーである株式会社オノコム(以下、オノコム)とともに実物の建物に仕立てていく。文字にするとシンプルな日本とイギリスのやりとりに聞こえるかもしれないが、まったく一筋縄では行かない。

当初、アストンマーティンのデザイン案には、玄関で靴を脱ぐという日本人にとっては当たり前な行為が考慮されていなかった。湯船に毎日浸かる文化がないイギリス人には各フロアにバスタブを設けることに驚かれた。ほかにも湿気や結露対策が考慮されていなかったりと、文化・風土における“擦り合わせ”が必要だった。それだけではない。日本サイドをもっとも驚かせたのは、アストンマーティン側のプロダクトデザインにおける徹底したこだわりだった。


当初、アストンマーティンの提案でさほど考慮されていなかったのは、日本ならではの玄関で靴を脱ぐ習慣、各階へのバスタブ設置の重要性、湿気やカビ対策など、だった。生活様式や文化の違いを乗り越え、解決策を見出すことがイギリスと日本の間で行われた真の“翻訳”作業であった。バルコニーに設けられたジャグジー付きバスタブの天井にはオートモーティブギャラリーと似た意匠の天井板材が配され、水面に反射する光の揺らぎを味わえる。

「キャノピー」と呼ばれる玄関前に設けられるガラス屋根は当初、フラットに設置される案だったが VIBROAの提案により雨水の排水を考慮して傾斜がつけられることになった。断熱はもちろん、結露や湿気に対しても積極的にアストンマーティン側に提案している。デザイン、機能性、快適性、すべてを満足させる、“住宅におけるF1マシン”を目指すのがアストンマーティンとVIBROAが日本で手がける邸宅なのである。

アストンマーティンの“本物”への徹底したこだわり


「日本における一般的な建材や部材は、経年劣化しにくく、傷つきにくく、メンテナンスフリーで長く使えることを是としている風潮があります」と語るのはVIBROAのクリエイティブ・ディレクター、高橋将章さん。一方、アストンマーティン側は“本物”にこだわり、模造品の使用を好まなかった。

「例えば洗面台やキッチンカウンターのシンク部分を含め、総大理石にしたいというアストンマーティン側の提案に対して、メインテナンス性、耐久性の理由から、日本側の関係者で人工大理石の採用に異論を唱える人は皆無でした」と高橋さんは続けた。人工大理石は汚れに強く、欠けにくく、"新品"の状態を保ちやすい、という利点があるからだ。しかし、イミテーションを嫌うアストンマーティン側からはあっさり否決された。タイミング良くアメリカ・マイアミのコンドミニアム「アストンマーティン・レジデンシズ」が完成したばかりとあって、VIBROAのチームはアストンマーティンの招待を受け、“本物”の視察に出向いた。


一級建築士でVIBROAのチーフ・アーキテクト・オフィサーを務める村田郁生さん(写真上)、VIBROAのクリエイティブ・ディレクター、高橋将章さん(写真下)。日本とイギリスの間の言語の壁だけでなく、アストンマーティンの要求を正確に理解し日本の法規制や建築慣行と調和させることが課題となった。そして、この経験は、国際プロジェクトにおける文化的仲介者としての役割を担うVIBROAの本領が発揮された。

「竣工したばかりのマイアミの物件を案内してもらった時、石の重さで地盤沈下するかもしれないねと笑い話になるくらい、巨大な一枚ものの大理石を多用していることに驚きました」と笑っていたのは一級建築士でVIBROAのチーフ・アーキテクト・オフィサーを務める村田郁生さん。長年、使用すれば汚れることもあれば、石が欠けることもある。それでも本物にこだわるのは、アストンマーティンの流儀であることに納得して帰国した。

「汚れや欠損は“劣化”ですが、アストンマーティンでは木の“年輪”のような捉え方をしているようです」と続けた。もちろん、この考えに施主が同意したからこそ、総大理石の洗面台という日本では受け入れ難い話を進めることができた。

「ただし、アストンマーティン側は“大きな一枚の石で”という理想を掲げていましたが物理的な現場への搬入の都合上、大理石はカットせざるを得ないものの、本来の石の模様が合うように並べ直す方法をとることで同意をとりました。努力の先の現実をお互いが共有できるかが大切なんです」と高橋さん。また、大理石のメインテナンスについては現在方策を模索中で、日本のメーカーが得意とする技術革新で、石材そのものではなく、メインテナンス技術を開発していくことで解決策を見出せたなら建築関係者が避けていた箇所への大理石採用という可能性が拡がる面白味がある、とも語っていた。 

施工も設計も施主も“フラット”な体制で


大理石はほんの一例に過ぎず、N°001南青山の建設にあたっては継続的な議論と合意形成の模索を必要とした。「たとえばひとつのデザイン画に対して、実現可能性を踏まえた施工方法や素材の提案をして、日本からモックアップ(現物サンプル)を送ります。その後、オンラインもしくは実際に会って議論を重ねます。そこには我々デベロッパーや設計メンバーだけでなく、現場監督も含めたオノコム施工メンバーも交えて議論するため、その臨場感や温度感をもって同時に情報を共有できます。一般的な邸宅の建設では考えられないほど丁重なプロセスを辿っています」と高橋さん。

通常、邸宅の建築においては設計事務所の著名建築家や建築現場の棟梁を筆頭に“縦割り”な体制が築かれがち。その点、N°001南青山は施工も設計も施主も“フラット”な体制で臨んでいるという。

「もはや家作りではなく、N°001南青山というアート作品を施主含め関係者全員で手掛けている雰囲気です」と村田さん。実際、アストンマーティン側から一点モノの製作を要求される場面が多々あり、設計と施工の両面で大きな挑戦となった。この徹底したカスタマイゼーションへのこだわりがN°001南青山の独自性を高める。

宮大工の技を思わせる独創的なもの


オートモーティブギャラリーに当初、アストンマーティン側は水を張った巨大なガラス天井を提案。これは技術面とコスト面から実現が難しかったが、VIBROAは天井部材メーカーや照明器具メーカーと協力し、代替案を模索した。最終的に採用されたのは、凹凸が施されたステンレス天板だ。その取り付け方法も、宮大工の技を思わせる独創的なものとなった。天板の端に折り目を付けて爪を作り、天井に"嵌め込む"ように固定するという方法だ。また、建物外壁のコンクリート打設にも、アストンマーティンのこだわりが反映された。通常の型枠ではなく、杉板の型枠を使用することで、より自然で温かみのある仕上がりを目指している。

「とにかく贅沢な作りで、コンクリートの打放しが一番、安く感じる部分かもしれません」と笑うのはオノコムの飛田英一さん。ファサードには耐食性、対候性に優れた加工が施されたアルミパネルが配される。これは通常、高層ビルに用いられるもので、アストンマーティンのショールームのファサードにも使われているもの。邸宅のアクセントとして用いられるのは、稀だろう。

N°001南青山の施工を指揮する、オノコムの飛田英一さん。アストンマーティンが選ぶ建材、経年変化に対する考え方の違いに驚き、時代と逆行しているように感じつつも、新しい価値が生まれることに期待している。

非常識の先にあるラグジュアリーの探求


「3階のバルコニーから屋上へ繋ぐ螺旋階段には苦労しました。アストンマーティン側は階段を支える構造体が見えない、鉄板での螺旋階段の設置を提案してきました。でも、この階段…、外に設置するんですよ」と飛田さん。経年変化とともに錆がバルコニーの石材に流れ、シミになることが容易に想像できた。鉄板に見える部材、鉄板に見える塗装などの代替案を出してみたものの、アストンマーティン側はいわゆる鉄板一枚ものにこだわった。

「弊社グループ会社の工房にアイディア出しから製作まで依頼し、折り紙を重ねた雰囲気の螺旋階段が出来上がりました。この鉄板の螺旋階段だけで一つのメタルアートのように仕上がっています。錆対策はコーティング剤で対応するようにしました」と飛田さん。長尺物で物理的に搬入ができないことから分割し、溶接、溶接跡を消すサンダー掛け、コーティング剤の塗布など、現場で行うことでアストンマーティンの要望に応えた。


3階と屋上を結ぶ鉄板の螺旋階段に苦労したのは、屋内に設置する階段と同一であることを要求されたからだ。鉄板に見える部材、鉄板に見える塗装などの代替案を出してみたものの、アストンマーティン側はいわゆる鉄板一枚ものにこだわった。長尺物で物理的に搬入ができないことから分割し、現場にて溶接、溶接跡を消すサンダー掛け、コーティング剤の塗布を行う。コーティング剤は屋内と屋外で異なるが、見た目には分からない。

「ダウンライトひとつにもこだわりがありました」と高橋さん。アストンマーティン側は一般的なダウンライトを嫌った。ダウンライトには通常“トリム”と呼ばれるリング状の縁がある。天井板の穴開け処理が多少雑でも、このトリムを装着することによって穴の周りの“バリ”は見えなくなる。光源が直接見える、というのもネックだったようではあるが、アストンマーティン側が指定してきたのは「トリムレス・ダウンライト」だった。「トリムレス・ダウンライトは高価なうえに、天井板材の穴あけ加工には緻密な技術が求められることもあり通常は“見せ場”にのみ用いるものですが、N°001南青山ではパントリーに至るまで全てのダウンライトがトリムレスです」と飛田さん。


「邸宅において全てダウンライトが“トリムレス”なのは、至極贅沢ですしこだわりの現れだと思います」と高橋さん。「本物の木、本物の石、本物の鉄、とにかくイミテーションは排除されています。でも、ジョイントのないシームレスな表現が必要な箇所はモールテックスを採用しました」と続けた。モールテックスはモルタルに見える左官材で、1mm程度の薄塗りでコンクリートと同等な表面強度があり、曲げにも強く下地のたわみや動きが発生してもクラックが発生しにくい。



本物とは何か


「常にアストンマーティンが言う“本物”とは何か、を自問自答しながらプロジェクトを進めています。一つ見えてきたのは使用する部材の少なさかもしれません。少数の贅沢な素材を使いながら、シンプルに仕上げるのがアストンマーティン流なのかもしれません」と村田さん。

起工式から1年7カ月が経過しているN°001が完成した暁には、日本の職人技とイギリスの美意識が融合した、21世紀の新たな「和魂洋才」の象徴となるであろう。

N°001南青山の屋上に設けられるパティオからは六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、東京タワーなどが望める。「N°001南青山で学んだことは、次からのプロジェクトで反映され、よりスムーズに建設が進むと思います」と村田さん。南青山の次となる「N°002」プロジェクトが間もなく動き出す予定なのだという。


文:古賀貴司(自動車王国) 写真(インタビュー):高柳健 協力:㈱ヴィブロア、㈱オノコム
Words:Takashi KOGA(carkingdom) Photography(interview):Ken TAKAYANAGI
Edited:Yoichiro MAEDA Thanks:VIBROA、ONOCOM

参考資料:
https://media.astonmartin.com/aston-martin-applies-its-design-mastery-to-first-luxury-home-in-japan/V
IBROA(ヴィブロア)
https://www.vibroa.com/
ONOCOM(オノコム)
https://www.onocom.co.jp/


(問)株式会社VIBROA
TEL:03-6447-1941 https://www.vibroa.com/

古賀貴司(自動車王国)

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