連載:アナログ時代のクルマたち|Vol.33 ポルシェ906

T. Etoh

日本のレース史における創世期において、もっとも大きな影響を与えた車がポルシェであることに異論はないと思う。第2回日本グランプリにおいて、スカイラインGTと死闘を演じたマシンがポルシェ904。このマシンのデザインをかなり忠実にコピーして誕生したのが当時のプリンスR380だった。もっとも真似をしたのカウルデザインだけ。中身については全くの別物であった。その後1966年にはポルシェ906、通称カレラ6が登場すると、そのマシンと死闘を演じたのはニッサンR380で、この車のカウルデザインもかなりポルシェに似通っていた。真似をしたというよりもポルシェに影響を受けたという方が正しい。

そのポルシェ906の誕生はなかなか複雑であった。904の後を受けて誕生したのは誰もが御存知のことだが、904はポルシェ初のグラスファイバーボディにスチール製のラダーフレームという構造を持っていたが、これは当時のポルシェの規模から妥協をせざるを得ずに採用したものだったという。理由はホモロゲーション取得のために100台の生産が必要で、当時のポルシェにとってこの構造が製造しやすかったからだそうである。しかし、重いスチールフレームは強力なV6エンジンを持つフェラーリが投入したディーノの前では歯が立たず、ヒルクライム選手権の覇権争いは不可能と感じたポルシェは、新たな構造のマシンを夏休みを返上して仕上げることにした。それは新たなスペースフレームを持った軽量のマシンで、スイスで開催されたオロン・ヴィラールヒルクライムではその実力の片鱗を見せつけることになった(ただし、勝てなかった)。

一方FIAはグループ4GTカーのレギュレーションを見直し、100台製造という要件を50台に緩和した。とはいえ、短期間で50台のスペースフレームを生産するのはポルシェにとってまだハードルが高すぎ、これをカロッセリーヴェルク・ヴァインスベルクという会社に外注することで克服するのである。こうした開発の陣頭指揮を執っていたのが、1963年からポルシェに在籍し、このオロン・ヴィラールヒルクライムに出場したスパイダーボディのマシン開発を推進したフェルディナント・ピエヒである。因みにこの車は通称オロン・ヴィラールスパイダーの名を持つが、実際は906スパイダーと呼ばれたモデルであった。

このオロン・ヴィラールスパイダーのシャシーナンバーは906-010。実はたったひとつの例外を除いて、シャシーナンバー906-001から012まではすべて904のスチールラダーフレームを持った車であった。そして顧客に渡されたモデルはシャシーナンバー906-101から始まる1966年に生産されたもので、シャシーナンバーは906-162までの62台。しかし、1965年中に3台のオリジナル906シャシーを持つマシンが製造されており、1台はテストカーに使用され、もう1台はその年のタルガフローリオにTカーとして持ち込まれたものである。最後の007のシャシーナンバーは、オリジナルのクーペとして作られたものの、後にスパイダーに改造されている。そして前述した906-010は確かにスペースフレームシャシーは持つものの、ヒルクライム専用マシンとして開発され、13インチのタイヤとロータス製のサスペンションを装備した特殊なマシンであり、これが906の製造を全部で65台とする根拠になっているようである。



一般的な906の搭載エンジンは、901/20の開発コードを持つフラット6エンジンだ。ベースは911に使われているものと同じである。ただ、生産型911のエンジンとは異なりさらなる軽量化を進めた結果、アルミ部品はマグネシウムに置き換え、スチールパーツはチタンに置き換えた。この結果エンジン重量は904用のフラット4よりも軽量に仕上がっていた。空力性能が考慮されたスタイリングは、904をデザインしたブッツィーことアレキサンダー・ポルシェの原案を風洞で煮詰めたものである。



今も数多くの906が現存するが、ロッソビアンコ博物館に収蔵されていたモデルは906-147のシャシーナンバーを持つモデル。残念ながら詳しいレースヒストリーは残されていないが、元々アメリカ輸出用に制作されたモデルということで、北米での最初のオーナーは何とシャパラル・カーズのジム・ホールだったという。他の906との識別点としてはルーフに開けられた合計4つの吸気口と排気口を持つことで、恐らくは室内の換気に使ったものだと思われる。





アメリカではレースに参戦していたようだがその記録は残されていない。2006年のボナムス・オークションに出品され、55万7000ドル(8142万7830円)で落札された。ただし邦貨換算は現在のものだから、当時はもっと強い円だったので、これよりも安いはずである。




文:中村孝仁 写真:T. Etoh

中村孝仁

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