エンツォ道、まっしぐら

世界中の人々に愛されるフェラーリ。その中でも、ナカムラエンジニアリングの中村一彦社長は決してブレることのないエンツォ・フェラーリへの特別な尊敬の念と愛を持っている。そんな彼だからこそ出来る、フェラーリへの愛情溢れるケアの数々があるのだ。

ナカムラエンジニアリングの社長である中村一彦ほど、亡きエンツォ・フェラーリを崇拝する日本人を、ボクは他に知らない。否、もちろん、昔からのフェラーリ好きならば、みんな、少なからずエンツォを崇め立ててはいることだろう。けれども中村のそれは、もはやエンツォを神として敬う宗教というべきレベルに達している(巷の爆音信仰フェラーリ教とは本気度がまるで違う)。

中村は毎朝、事務所に入ってまず、エンツォ・フェラーリの"遺影"に向かって挨拶をする。エンツォのおかげで、フェラーリのプロショップ社長という職を得て、新たな一日を迎えられたことに心から感謝の意を表するためだ。それから、エンツォの執務室をイメージしたデスクに座って、彼の一日は始まる。

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そんな男の経営するフェラーリ専門(と言っていいだろう。もちろん要望があればランボルギーニだってランチアだって面倒はみる)プロショップのナカムラエンジニアリングだから、経営理念もまた、いたってシンプルかつ、なるほどエンツォ風だ。

「クルマ第一、人(オーナー)はその次」。人はやがて死ぬ。けれども、フェラーリは残る。つまり、フェラーリは決して、今持っている貴方だけのモノではない。貴方が買ったからと言って、貴方の自由にしていいというものではない。貴方は、一時的に今、エンツォからそのマシンを託されているだけに過ぎない。フェラーリは、未来へと伝承すべきもの。だから、プランシングホースのエンブレムを付けた車は全て、パーフェクトな状態で次のオーナーに引き継げるよう、常に心がけて欲しい。

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そういうわけなので、クライアントから引き取った跳ね馬も必然、ナカムラエンジニアリングでは後生大事に保管(作業途中の個体以外は全てボディに負担のない半透明のカバーで覆われていた)され、入念に整備され、丁寧に掃除され、オーナーの元へと帰っていく。ちなみに、自らも運命を変えたテスタロッサなど数台を所有するが、完璧なコンディションゆえ、もはや触ることも怖くてできないらしい。一見の価値あり、だが、見せてくれるかどうかは、貴方のフェラーリ愛次第。

話を整備に戻そう。不具合の出たところだけちょちょいと修理して、とりあえず動くようになればいい、だなんて中途ハンパな依頼を、中村は決して許さない。「なんでもいいから車検だけ通して、あとは普通に走ってくれればいいよ」、なんてオーダーをしようものなら、雷が落ちる。一日中、説教を聞くハメになる。「フェラーリちゅうもんはな、いつでもフルスロットルで走れるよう完璧に整備しとかなあかんのや」、と諭される。

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正に頑固一徹、エンツォ道ひと筋。それゆえ、フェラーリのオーナーであるにも関わらず、部品や整備をケチってみたり、ディーラーより安くできるかどうかなどとコストパフォーマンスを最初から気にしたりするオーナーとは、まったくもってソリが合わない。フェラーリをドイツ車のように適当に転がしたいというのなら、素直にドイツ車に乗っとれと、正直に言ってしまうタイプだから、誤解も多い。

それは中村も分かっている。エンツォやフェラーリに対する、ピュアな思いが通じないというもどかしさを感じることも多いだろう。けれども中村は決してブレることがない。ブレずにエンツォ道、まっしぐらだ。ことフェラーリの整備に関して、もし貴方が彼の言い分に疑問を持ったなら、まずは自分の心根を冷静に分析してみた方がいいのかもしれない。果たして、自分は万難を排し、胸を張って、愛馬を最高のコンディションにしたいと思っている最高のフェラーリ乗りなのか、どうか。逆に言うと、我こそはフェラーリの、否、エンツォの大いなる理解者である、という跳ね馬オーナーは、いちど、中村と会ってみたほうがいい。話が盛り上がるかどうかは貴方次第で、保証の限りではないけれど。

そんなわけで、ナカムラエンジニアリングでは現在、主な取扱い車種を、エンツォ存命以前のモデルに絞りつつあるという。中村曰く、「魂の入ったホンマもんのフェラーリって、やっぱりエン
ツォが生きてはった頃までのモデルやねん」

エンツォは1988年に亡くなっているから、モデルでいえば328シリーズやテスタロッサ、F40あたりまで。取材当日もディーノが2台あった。もちろん、それ以降のフェラーリも診ることはできるし、実際、取材時にも数台の"エンツォ以降"が入庫していたが、中村自身の興味は、"エンツォ存命以前"に注がれている。"モンテゼーモロがむちゃくちゃにしよってん"、は、言い過ぎだったとしても、90年代項半以降に登場するフェラーリから、普遍的な美意識が失われてしまったことは、実はそれに無関係ではないと、筆者も思っている。

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どうやら中村と話しているうち、こちらまで洗脳されてしまったようである。果たして、筆者もエンツォの遺影に軽く会釈をして、奈良のナカムラエンジニアリングを後にしたのだった。

ナカムラエンジニアリング https://www.nakamuraengineering.com/

文:西川 淳 Words:Jun 110 NISHIKAWA 写真:桑野将二郎 Photography:Shojirou KUWANO

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