モデナで作られるマセラティ純血エンジンを搭載した名車たち

Masaya ABE

初開催のフォーミュラE東京大会で衝撃的な優勝を遂げてからまだ1週間と経っていないのに、今度は独自開発したV6エンジンに的を絞ったサーキット試乗会を行なうというのだから、最近のマセラティはなんともアグレッシブだ。

淡いブルーが美しいMC20チェロを中心に、AWDでフロントミドシップのグランツーリズモ・トロフェオ、そしてハンドリングに優れるSUV、グレカーレ・トロフェオが勢揃い。選ばれた場所は千葉県の袖ケ浦フォレストレースウェイ。

ネットゥーノと呼ばれるV6エンジンはマセラティ社内で開発され、彼らの本拠地であるモデナ工場で生産される。まさに純血種といって間違いなかろう。

その最大の特徴は、排気量3.0リッターのV6エンジンでありながら、ロードカー仕様でも最高出力630ps、最大トルク730Nmというハイパフォーマンスを発揮する点にある。この630psというスペック、実は2004年に限定販売されてFIA GT選手権で大活躍したマセラティMC12と並ぶもの。ただし、MC12はフェラーリ製の6.0リッターV12エンジンを搭載していた。それと、ちょうど半分の排気量と半分のシリンダー数で同じレベルのパフォーマンスを達成したのだから、ネットゥーノ・エンジンがいかにコンパクトかつ高性能であるかがわかる。

NETTUNO(ネットゥーノ=海神)エンジンを解説する マセラティ アジアパシフィック リージョンマネージング・ディレクターの木村隆之さん。

これほどの高密度、高効率設計を可能にした最大の秘密は、ネットゥーノに採用されたマセラティ・ツイン・コンバスチョン(MTC)と呼ばれる革新的なテクノロジーにある。

MTCは、エンジンシリンダー内の燃焼室(これを主燃焼室という)とは別に、燃料インジェクターと点火プラグを備えた副燃焼室を設けるとともに、この副燃焼室内で起きた燃焼をきっかけとして主燃焼室内の混合気を燃焼させるというもの。こう聞くと、初代ホンダ・シビックに搭載されたCVCCエンジンのことを思い起こされるベテランの読者もいるだろうが、あれは空燃比が相対的に低い主燃焼室の燃焼を促進させるための技術だったのに対し、MTCは主燃焼室の燃焼をより高速にすることを目的としている点に最大の違いがある。

これを実現するため、MTCの副燃焼室には小さな穴が複数開けられている。そして副燃焼室内で燃焼が始まると、この小さな穴から主燃焼室に向けて燃焼ガスが高速に吹き出されるため、点火プラグを用いた一般的な燃焼よりもはるかに素早く火炎伝搬が起こり、内燃機関の理想とされる高速燃焼を実現するのだ。

燃焼が高速になると、火炎伝搬による正常な燃焼とは無関係に起こる異常燃焼(ノッキングやデトネーションと呼ばれる燃焼)が起きにくくなるので、高圧縮比化、ひいては高出力化や高効率化が可能になる。これこそMTCの、そしてネットゥーノ・エンジンの最大の特色なのだ。

こうした新しい発想に基づいた副燃焼室方式は、その優れたパフォーマンスや効率性が認められ、いまやF1でも主流のテクノロジーとなっているほど。ただし、同じ技術をロードカーにも用いているのは、私が知る限りマセラティのみ。ちなみにネットゥーノは、マセラティのトレードマークであるトライデント(三叉の矛)を手にしている海神ネプチューンのイタリア語版。それだけマセラティにとっても重要なエンジンといえる。なにしろ、マセラティが独自にエンジンを開発するのは、1989年発表のシャマルに搭載したV8エンジン以来、およそ30年振りのことなのだから。

現在、ネットゥーノ・エンジンを搭載したマセラティのロードカーは、MC20クーペならびにチェロ、グラントゥーリズモのトロフェオおよびモデナ、そしてグレカーレ・トロフェオの3モデル5タイプ。これ以外にサーキット専用モデルとしてMCXtremaとGT2が設定されており、それらを含めると最高出力は490ps(グラントゥーリズモ・モデナ)から730ps(MCXtrema)まで、最大トルクは600Nm(グラントゥーリズモ・モデナ)から730Nm(MCXtrema、GT2、MC20)までと、実に幅広いチューンがラインナップされていることになる。

このうち、今回、袖ヶ浦フォレストレースウェイで試乗したのはMC20チェロ、グラントゥーリズモ・トロフェオ、グレカーレ・トロフェオの3台。つまり、ミドシップ+後輪駆動(MC20)、フロント・ミドシップ+4WD(グラントゥーリズモ・トロフェオ)、フロントエンジン+4WD(グレカーレ・トロフェオ)という、レイアウトや駆動方式の異なる3タイプを走らせた格好だ。

まず、3台に共通したネットゥーノ・エンジンの特徴としては、スロットルレスポンスが鋭く、素早いピックアップが手に入る点が挙げられる。このため、実際のパワー以上に軽快で機敏なドライビングが楽しめる。この点は、V6エンジンの軽量設計も役立っているはずだが、同じくV6ゆえにエンジンがコンパクトで、車両の重量配分などを最適化しやすいことも効いているのだろう。



サーキットであるが、公道走行を想定したテスト走行を行うためインストラクターが先導する。MC20チェロにとっては快適なドライブ以外、何物でもない。

ハンドリングの違いでいえば、MC20はいかにもどっしりと安定していて超高速ドライビング向き。いっぽうのグランツーリズモは前後バランスが極めて良好で、軽快さとスタビリティが高い次元で両立されているように感じた。

フロントミドシップだけあって長いホイールベースでもコーナーリング操作も余裕がもてる。粘り強いFR的なドライブフィールは安心感がある。

いっぽう、サーキット走行でもっとも痛快だったのは、意外にもグレカーレ・トロフェオ。ドライビング・モード次第では4WDシステムの駆動力配分がかなりリア寄りになるらしく、SUVでありながらヘアピンでは容易にテールスライドを楽しめるのだから驚くしかない。おまけに、スライド中も接地性は良好で安心感が強かった点は特筆すべき。また、背の高いSUVであるにもかかわらず、コーナリング中のロールもよく抑えられていて安定した姿勢を保つ点にも感心させられた。

グレカーレのハンドリングフィールの素晴らしさは特筆だ。アイポイントが高いのでタイトコーナーではそれなりにロールを感じるが、ある程度攻めて走っても安定感は抜群だ。

いっぽうで、電気自動車レースのフォーミュラEで快進撃を続けているマセラティは、2025年までにグランツーリズモ、グレカーレ、グランカブリオ、MC20、次期型クワトロポルテ、次期型レヴァンテの全モデルにEVを設定することも明らかにしている。これらのモデルはフォルゴーレ(“稲妻”の意味)と呼ばれるが、このフォルゴーレとネットゥーノのふたつが、今後のマセラティを支える「2本の柱」といって差し支えないだろう。

ちなみにマセラティ アジアパシフィック リージョンマネージング・ディレクターの木村隆之さん今の愛車は1998年式マセラティギブリ。濃緑メタリックが美しい。オドメーターは約6万kmだが普段使いが出来るコンディションとのこと。


文:大谷達也 写真:阿部昌也
Words: Tatsuya OTANI Photography: Masaya ABE

大谷達也

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