スピードの余韻|BENTLEY CONTINENTAL GT SPEED

Ikuo KUBOTA(OWL)

「スピードの熱狂や興奮の後に訪れる余韻を楽しむ。わかる人にしかわからない最高の贅沢なのではないだろうか」
ベントレーコンチネンタルGTスピードについて筆者はこのように語る。659馬力12気筒のエンジンも、巨大なディスクが奢られた22インチタイヤもすべては余韻のためであると。そもそもスポーツマンシップの前にジェントルマンシップが存在するイギリス。そのイギリスが育んだ「スピード」とは。



英国は、エスニック・ジョークと呼ばれるものがある。いわゆる飲み屋での与太話ではあるが、意外と国民性が的確に反映されていて楽しい。例えば「最高の生活」というお題はご存知だろうか。曰く、イギリスの邸宅に住み、アメリカの給料をもらう。ドイツ人の執事にフランス人と中国人のシェフ。イタリア人の愛人に日本人の妻、というやつだ。おそらく50年代頃から語り継がれているのだろうが、このシリーズには変形バージョンも多い。その一つが「最高の車」である。ドイツ人がエンジンを設計し、イタリア人が外装を手掛け、フランス人が内装を担当。イギリス人はそれでレースをする…。

ベントレー・ボーイズがレースで活躍した狂騒の1920年代は、スピードの時代でもあった。スピードの美を芸術として賛美したイタリアの詩人マリネッティは、その未来派宣言の中でこう謳い上げた。『我々は、世界の栄光はひとつの新しい美、すなわちスピードの美によって豊かにされたと宣言する』

英国の冒険家、マルコム・キャンベルは、愛車ブルーバードで最高速度記録に挑戦し続け、リンドバーグが大西洋を無着陸横断に成功した時代である。前世紀まで存在しなかった「スピード」に誰もが夢中になり、熱狂していた。

ボディサイドのキャラクターラインは戦後のベントレーのスピードの歴史を踏襲する。

ご存知のように、スピードで順位を競い合うことを一般的にレースと言う。だが英国ではレースというと、モータースポーツではなく、競馬を意味することが多い。1540年に世界初の競馬場、チェスター競馬場が建設されたことに始まる英国競馬の長い歴史をひもとくと、先のジョークの通り、スピードとレースを楽しむことは彼らのDNAになっているようだ。だが20世紀初頭に車が発明され、彼らが内燃機関で手に入れた「スピード」は、まさに荒々しく時代を超越した異次元のものであったに違いない。

6リッター12気筒にツインターボを搭載し、659馬力を捻り出す。

よく躾けられた6リッター12気筒のツインターボサウンドを遠くに聴きながら、私はそんなことを取り留めもなく思っていた。このコンチネンタルGTスピードと名付けられた車は、20年代のベントレーの名車、3リッター・スピードに由来している。ル・マンで活躍した同時代のマシンも「スピード6」と呼ばれ、また2003年にル・マンを1-2フィニッシュで制覇した「スピード8」の名も記憶に残る。ベントレーにとって「スピード」という象徴的なネーミングは、単にノスタルジックなだけでなく、どこか英国的で特別な意味があるのだろう。

いわゆるACCRは非常によくプログラムされている。特筆すべきはそのタッチ。「コクッ」としたレバーの"押し感"にさえ事務的なそれではない上質感がある。

他を圧するオーラを放つボディを引っ張るエンジンの最大出力は659馬力。0-100km/h加速はたったの3.6秒。そして最高速は335km/hと、20年代にマルコム・キャンベルが命を懸けて挑んだ最高速度記録を優に上回る。軽く足を乗せているだけのスロットルペダルから伝わる振動は、上手に隠された本物の実力をさりげなく伝えてくれている。だが、上品に美しくまとめ上げられた空間からは、その圧倒的なスピードがもたらす熱狂や喧騒感はまったく伝わってこない。さまざまな最新の電子デバイスとよくできたシャシーのおかげもあるだろうが、何の破綻もなく、これだけのパワーのエンジンをコントロール下におけるということなど、爆音とともに駆け抜けた20年代には微塵も想像できなかったであろう。

モデルを象徴するローテーション ディスプレイの3連メーターは実用のためというより、むしろスピードの余韻に浸るための最高の演出である、と筆者。

上質に誂えられた内装に身を委ねて、バング&オルフセンの情緒的な音響を楽しみながら、静かなクルージングを楽しんでいると、この車がなぜスピードと名付けられたのかが正直わからなくなるほどに快適だ。ローテーションディスプレイを3連のメーターに設定し、その真ん中にノスタルジックなコンパスを確認することで、当時の冒険家精神の名残を感じることができるくらいである。もちろん、本気で右足に力を入れた瞬間に、野獣の本能を解き放つことができるのはわかっている。だが、それをわかった上での余裕を楽しむことができる人こそ、この車に相応しいジェントルマンと呼べる人なのかもしれない。スピードの熱狂や興奮の後に訪れる、その余韻の楽しみこそが、わかる人にしかわからない最高の贅沢なのではないだろうか。

自ら駆るコンチネンタルGTがスピードモデルであることを乗り込んで確認する作業も贅沢な瞬間だ。

ちなみに冒頭の「最高の車」ジョークには、いささか日本人には笑えないオチがある。イギリス人がレースをした車を「日本人が真似をして大量生産した」となるからだ。だがこれも50年代のジョークと笑う余裕を持ちたいものだ。


ベントレー コンチネンタルGT スピード
サイズ:全長4,880mm×全幅1,965mm×全高1,405mm ホイールベース:2,850mm
車両重量:2,310kg 標準ホイール:22インチ エンジン形式:6.0L W12 ツインターボ
排気量:5,950cc 最高出力:485kw(659ps) 5,000-6,000 rpm
最大トルク:900Nm/1,500-5,000rpm 駆動方式:AWD
トランスミッション:8DCT 0-100km/h加速:3.6秒 最高速度:335km/h
燃料消費量(WLTP):13.7L/100km
価格:3400万円(税込)


文:田窪寿保 写真:久保田育男(OWL) Words:Toshiyasu TAKUBO Photography:Ikuo KUBOTA(OWL)

文:田窪寿保 写真:久保田育男(OWL) Words:Toshiyasu TAKUBO Photography:Ikuo KUBOTA(OWL)

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