この記事は
「人気TVドラマに登場後、行方不明だったマーコス|発見されて新たな命が宿る」の続きです。
ロジャー・ムーアを気取って
そこで、セイントのマーコスは6月24日にボナムズ・グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで売却されることが決まったが、これに先立ち、『Octane』はこのマーコスに試乗するチャンスを手に入れた。
季節外れの好天に恵まれたこの日、ボディサイドを流れるように落ちていく官能的なラインと、バロック様式を思わせるリアエンドの組み合わせはとりわけ魅力的に映った。そして小ぶりなクォーター・バンパーは、リアでは小粋なアクセントとして、そしてフロントではアイライナーのような効果をもたらしている。大きなヘッドライトと幅広なフロントの造形は、たとえマーコスが止まっていても、いまにも走り出しそうな躍動感を帯びているし、かつてロータス・エランを所有していた私は、ヴォクスホールFBヴィクター・エステートのリアランプがここにも使われていることを知って嬉しくなってしまう。
外観の仕上がりも見事だ。ブラックのストライプはポーラーホワイトにペイントされたボディワークを引き締める役割を果たしており、185/65のタイヤが組み込まれた大きなワイヤーホイール(13インチから14インチに変更)はホイールアーチに完璧にフィットしている。
サイドサポートが深いシートは、新品当時より状態がよくなっていると思われるほど、掛け心地は上々。ドライビングポジションは典型的なスポーツカーのもので、アストラリのステアリングを握っていると腕は完全に伸びきってしまう。また、短いシフトレバーを操る際には、背の高いセンタートンネルで肘を支える体勢となる。シートベルトを締めた後でなにかを操作しようと思ったとき、トグルスイッチの操作部分が長く伸ばされている理由が明らかになるだろう。ちなみに、ダッシュから長く伸びたステーの先に取り付けられたダイヤルは、ペダルの位置を前後に調整するためのもの(シートは固定式)だが、たとえそれをもっとも身長の低い人向けのポジションにあわせても、私には遠すぎる。ずんぐりむっくりとした体格のコーリン・チャプマンが作った車は私にぴったりとフィットしたが、身長が6フィート4インチ(約193cm)だったジェム・マーシュは、彼と同じ長躯向けにマーコスを設計したに違いない。
ドライビングポジションは素晴らしい。シートはリアバルクヘッドに固定されており、ダッシュに取り付けられたダイヤルでペダル・ボックスの位置を調整する。ただし、ロータスもマーコスも、熱烈なエンスージャストのために造られた車であるという点ではまったく変わりない。ともにマーコスを設立したマーシュが1950年代に逝去すると、コスティンは航空機設計で培った経験を生かし、合板で造ったシャシーにグラスファイバー製のボディを着させた。やがてマーコスの車造りは常にモータースポーツを意識したものとなっていく。そしてアダムズ兄弟がデザイン部門に加わると、マーコスはボルボのB18エンジンを搭載し、リアサスペンションをド・ディオン式とした1800GTを1964年に発表。この基本形式は1969年にスチール製シャシーが登場してからも引き継がれ、トライアンフの2.5リッターからフォード・エセックスV6まで、様々なエンジンを積んだバリエーションがデビューした。だが、主力はあくまでも排気量が1500ccから1650ccまでのフォード製4気筒で、リアサスペンションはコイルで吊ったリジッド式だった。そしてセイントのマーコスも、この基本形を踏襲していた。
1950年代から60年代にかけて、多くのエンジニアたちが、1.5リッターそこそこのエンジンとフルシンクロの4速ギアボックスというシンプル極まりないパワートレインから、これだけのパフォーマンスを引き出していた事実に私はいつも圧倒されてしまうが、このマーコスも例外ではない。ベーシックな製品でもユーザーに優しく、そして傑出した性能を授けたフォードに、我々は改めて感謝すべきだろう。このギアボックスも、特別な技術が用いられているわけではないにもかかわらず、シフトフィーリングは滑らかで実に楽しい。シンプル・イズ・ザ・ベストの権化ともいえる存在だ。エンジンは極めてフレキシブル。そしてアップグレードされたブレーキのおかげでコーナーの進入速度はさらに高まり、1700ccのエンジンも実に力強い。
そのコーナリングは、まさに驚きに満ちている。どんな路面でもマーコスにとっては関係ないようだ。これは低重心設計の賜だろう。そして軽い操作感のペダルを操るのも楽しくて仕方がない。それらは日常的な扱いやすさを備えているいっぽうで、マーコスらしいダイナミックでレーシーな感触も味あわせてくれるのだ。ステアリング・フィールは極めてダイレクト。もちろん、ギアチェンジの心地よさも、そうしたドライビングには欠かせない要素といえる。
いっぽうで、どんなにひどく荒れた路面でも、ステアリングからは的確なフィードバックが得られるだけで、無粋なフィードバックを伝えるなどと、不安を感じさせることはない。このため、自分が操っている車が、ピュアなスポーツカーなのか、それとも超軽量なグランドツアラーなのか、わからなくなることがある。しかし、自動車界にごくまれに存在する作品と同じように、マーコスはふたつの世界を1台で両立させた車と捉えるべきなのだろう。
「まるで蛭のように路面を捉えて離さない。65mph(約104km/h)で走っていても、テールはまったくぶれない。ビューティフルだ。ブレーキングでも、まるで岩のように安定している。これなら優勝できるぞ。本当に目が覚めるような車だ」 これは私の言葉ではなく、ロジャー・ムーアの、つまりセイント自身が口にした劇中のセリフである。スクリーン上のヒーローに、私などが逆らえるはずもない。
編集翻訳:大谷達也 Transcreation:Tatsuya OTANI
Words:James Elliott Photography:Jonathan Fleetwood