アストンマーティンDBX707で訪れた、日本でもっとも贅沢な場所

Ken TKAYANAGI

1950年代のフランス、ルレ・エ・シャトーは「世界各国・地域のホスピタリティーや食文化の多様性と豊かさを大切に守り、より多くのお客様へ提唱していく」という理念を掲げて1974年に設立された。自治運営による協会組織は、いまや世界62ヶ国、約580のホテルとレストランが加盟する。そのホームページを見ると「新規加盟には厳格な審査と、ルレ・エ・シャトーの価値を共有できる、個性あるホテル・レストランのみが加盟を認められ」「加盟するメンバーは、お客様ひとりひとりとの一期一会を大切にし、本物のリレーションシップを築くという情熱を共有」している。その歴史と理念は主にヨーロッパにおいて、ラグジュアリーステイの指針となり、ルレ・エ・シャトーを掲げることは特別なステイタスを意味する。日本の宿泊施設はわずか11軒しか登録されていないが、これまでオクタン日本版ではアストンマーティン・ジャパンと各販売店の協力のもと、すでに8軒のルレ・エ・シャトーを訪ねた。そのどれもが地域に根差した個性的で素晴らしい宿ばかりであったことは言うまでもない。

福岡空港から車で10分ほど。アストンマーティン福岡を出発し、距離にして300kmほど、時間にして4時間程度の先に向かったのは、鹿児島、霧島の『TENKU』だ。道程をともにするのはDBX707。707馬力というシリーズ最高のパフォーマンスを発揮するその懐の深さが、日本のみならず世界でも有数の規模を誇ると噂に聞く『TENKU』とシンクロするに違いない。

福岡空港至近のアストンマーティン福岡からちょうど300kmほど、時間にして4時間ほどのドライブ。DBX707にとってはまったく“適度な”距離だった。



上記3点の写真はどれも日帰り用ヴィラ「花散る里」。4時間と6時間で選択可能。ヴィラの敷地内にインフィニティ仕立てのプライベートの露天風呂も併設される。その眺めは圧巻だ。

晩秋の色鮮やかに生い茂る木々の先に霧島連山を眺める。小高い山の中腹に開かれた全面ガラス張りの平屋のヴィラからは遮るものがなく、占有のインフィニティ作りの露天風呂に肩までつかると、まるで自然と一体化しているような錯覚すら覚える。

東京ドーム13個分という表現はこの景色を前にしてあまりにも凡庸だが、ともかく広大な敷地には3棟の宿泊用ヴィラと2棟の日帰り用ヴィラしか用意されておらず、そのために他の宿泊者はもちろんのこと、従業員の存在すら感じさせない。以前、ゲストから「ここでのドレスコードは裸かもしれないね」と表現されたという話もあながち間違っていないばかりか、(経営者としてもアントレプレナーとしても広く知られる)田島健夫代長がいくつかのインタビューで「リゾートとは”人間性回復産業”である。本能に従うことがリゾートの本質である」と答えていることからも、むしろそれは的を得た表現かもしれない。

ところで『TENKU』をご紹介するにあたり、少々悩んでいるのが、この”施設”が果たして旅館なのかそれともホテルなのか、ということだ。おそらく宿泊業分類的にはホテルの類なのだろうが、どうにもしっくりこない。その違和感には美しいビジュアルで構成されたホームページについても同様で、サービスの詳細についてあまりにも漫然としていてとらえどころがない。一部の外部予約サイトを除いて、宿泊料金、供される食事のメニューに関しても明確な表記がされていないほどだ。よくよく”施設”を観察すると、従業員が行き交うための導線もなさそうだ。広報の担当者に「もしやサービスマニュアルもないのでは」と尋ねると、やはり存在しないとの答えが返ってきた。宿泊業にとってサービスはその評価対象として重要な部分であることは言うまでもないが、ホテルと分類するに違和感を覚えるのは実はその重要部が存在しないことにあるのかもしれないと気づく。そしてその違和感そのものが『TENKU』の独自性であり、魅力である。

天空の森に続く竹林。およそ30年前に鬱蒼とした竹林を田島代表自らが切り拓いたのが現在の森だ。



広大な敷地の中心部。レストラン(左)と厨房(右手)の役割を果たす建屋、その前には畑が広がる。その日の収穫物は湧水で洗われ、ゲストへと運ばれる。この並びにレセプションの役割を果たす建屋が並ぶ。

たとえば、料理はその日に敷地内の畑で採れた、その日もっともいい状態の食材から、ゲストの好みを聞いた上でメニューが作られることも(ちなみに畑は専任の担当と田島代表自らが面倒をみている)。そのため、季節の食材名やおよそ予定されるメニューは伝えられても、正確な料理名までは表記できない。夜空を眺めながらディナーを食べたい、とリクエストがあれば、屋外にテーブルが用意される。川のほとりで鳥の囀りを聞きながら朝食を食べたい、となればやはり敷地内を流れる石坂川にテーブルを用意する。実際、川辺に椅子をならべ、一部の水を堰き止めて楽器を配置し、小さなコンサートを行ったこともあるそうだ。

当然、サービスの場所が変わればスタッフの移動導線が変わる。ゲストの求めに応じてはコンサートの準備にも結婚式にも対応しなければならず、そこに明確なマニュアルを用意することはむしろ難しいだろう。東京ドーム13個分には都合5棟のヴィラ以外に数戸の建屋があるが、それらのいくつかには用途と呼び名が決まっていないものもあり、それもゲストの求めに応じて使い方も含めて如何様にでも解釈してもらえればいいとの考えからとのことだという。天空の森(施設全体の総称、宿泊施設を『TENKU』と呼ぶ)の機能的中心部には便宜上のレセプション(チェックインさえも特定の場所を設定していない)と畑があり、その隅に洞穴と思しき小さな木の扉がある。炭を作るための窯と同じ作りで制作されたものだが、現在は遊び心満載のゲストたちのリクエストに応じて、カフェや食事を楽しむカーヴとして活用されているという。つまり、この広大な一帯がゲストのためのものであり、そこでどう過ごすかも、すべてゲスト次第というわけだ。天空の森は田島代表が30年近くをかけて作り上げてきた「夢と空想」の舞台であり、ここでのサービスとは、ゲストが完全に自由に過ごすためのサポートであると考えられているようだ。だからこそ画一的なマニュアルではなく、自由なサービスへの対応力のほうが重視されるのだ。


本文内で触れている土づくりのカーヴの中と、その入り口。小さな木製扉のカーヴは、現在ワインセラーとして使用されているらしい。

敷地内の段々畑。ゲストに給される野菜の大半はここで収穫したものが使われる。中央の建屋は最近完成したものだそうだが、用途は田島代表自身とゲストの発想次第だそうだ。

敷地内を流れる石坂川は大半の地面が岩盤。もちろんテーブルを置いて、ランチやディナーを楽しむこともできるそうだ。

国際色も豊かだ。コロナ禍の直前にはゲストのおよそ半数が国外からだったそう。鹿児島空港から至近に位置することも手伝って、アジアからの来訪が多いようだが、アジア在住のヨーロッパ系の外国人が意外に多く、そこはルレ・エ・シャトーの影響によるところかもしれない。

スケールという点で、訪れるゲストのスケールも尋常ではないようだ。鹿児島空港に降り立って、そのままチャーターしたヘリに乗り込み、直接ヴィラを目指すゲストも複数人いるようで、そのため天空の森(敷地全体の総称、宿泊施設を『TENKU』と呼ぶ)には2箇所のヘリポートが設けられている。連泊されるゲストのなかにはこのヘリポートを使って、鹿児島上空を遊覧したり、近県へと足を伸ばして観光を楽しむなど、ともかくすべてのスケールが違う。

豪奢ではない。著名な建築家による高度なデザインがあるわけでもない。マニュアルが存在しないように、ともすると施設全体の運営計画も変幻自在だという。前述のヘリポートに関しても、ゲストの求めに応じて増設が決定されたそうで、取材時はヘリポートとヴィラを繋ぐための橋が作られていたが、そこにデザインスケッチや事前の計画図がないと聞いて驚いた。だから眼前の橋もおよその計画位置からつい1週間前に「数メートル規模でイメージと違う!」という田島代表の声により、半分ほど作り直したばかりなのだとか。にもかかわらず、完成したこれまでのヴィラや施設は洗練されていて、ディテールにまで手抜かりはない。まさに大胆な意志と繊細なセンスがそこかしこに感じられる場所と言える。

現在は使用されていない施設も敷地にはちらほら。こちらも現在は使われていないが、シャワーと風呂の設備があり、リクエストがあれば使用することもできる。

ヘリポートから直結させるために橋を作成中。このように施設は田島代表の意志のもと、年毎に変化していく。どこかでなにかが作られているそうだ。


どのヴィラもほとんど壁はなく、全面ガラス張りが基本だ。ここではゲストは完全に解放された状態でいられるように配慮されている。

取材の終わりに田島代表が本日宿泊されるというゲストとともに現れた。ゲストは女性おひとりで、車がお好きな方らしい。どうやらDBX707の姿を遠景に見て、近くで見たいとリクエストされたようだ。しばらく談笑してヴィラに向かわれたが、このアットホームさもまた魅力であることも加えておきたい。

できれば連泊での利用が理想だろう。まずは施設で数時間でも過ごしてみたい、ということならば4時間、6時間利用のデイユースのプランも用意されているから、そこからはじめてみてもいいかもしれない。とにかく足を踏み入れてみることをお勧めする。今回DBX707で訪れたのはやはり正解だった。まわりの自然と馴染む存在感、長距離を走ってきてもまるでストレスを感じない乗り味など挙げればキリがないが、帰路につく時、この素晴らしい場所の余韻をDBX707なら長く味わうことができるからだ。




スタンダードよりも200PS近く増大したパワーと足回りの俊敏さが取り上げられるが、やはりアストンマーティンの真骨頂は内装のクオリティにある。特にスポーツシートは4時間の移動がなんの苦にもならなかった。


天空の森
〒899-6507 鹿児島県霧島市牧園町宿窪田市来迫3389
(鹿児島空港より15分ほど、福岡空港より九州自動車道で300km約240分)
TEL:0995-76-0777
受付時間 9:00〜22:00 年中無休


アストンマーティン DBX707
ボディサイズ:全長×全幅×全高=5039×1998×1680mm
ホイールベース:3060mm
車重:2245kg(乾燥重量)
乗車定員:5名
駆動方式:四輪駆動
総排気量:3982cc
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:9段AT
最高出力:707PS(520kW) / 4500rpm
最大トルク:900Nm / 2600~4500rpm
価格:3119万円/車両本体価格


アストンマーティン福岡ショールーム
〒812-0063 福岡県福岡市東区原田4−30−8
TEL:092-611-6888
営業時間:10:00〜19:00(日曜日18:00)
定休日:水曜日(夏季休暇・年末年始を除く)


文:前田陽一郎 写真:高柳健 協力:アストンマーティン福岡
Words: Yoichiro MAEDA Photography: Ken TKAYANAGI Supported: ASTON MARTIN FUKUOKA

文:前田陽一郎

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