たった250万円で落札された、ストレッチリムジンのロールス・ロイス・シルバー・スパー

The Market by Bonhams

ボナムズのオンライン・オークション「ザ・マーケット」に出品されていた、ロールス・ロイス・シルバースパーのストレッチリムジンを見て、20数年前の記憶が蘇った。

1990年代後半、まだ20代になったばかりの筆者にとって「六本木」という街には妖艶な響きがあった。煌びやかに輝くネオン、ドレスに身を包む夜の蝶、突如現れる名台詞を吐く“呼び込み”(現在は条例で禁止)、オシャレな若者がどこからともなく集まるクラブ、人種の坩堝でもあったし、老若男女問わず遊びの松竹梅が揃った街に感じたものだった。

今のような無人の機械式コインパーキングの存在はほとんどなく、有人の時間貸し駐車場がチラホラ点在していたと記憶している。特に印象的だったのは六本木通りを六本木交差点に向かって、第一勧業銀行(現、みずほ銀行)手前の細い路地を左折して、老舗のテキーラバーの前を通り抜けた先にひっそり佇む平屋の倉庫のような時間貸し駐車場だった。

「ドブネズミ色」を具現化したような外観、水銀灯に照らされた駐車場内はまるでヤクザ映画にでも登場しそうな雰囲気を醸し出していた。物理的に繋がっていたか否か定かではないが、元暴力団組長が建てた「六本木TSK CCCターミナルビル」の真裏に位置していたことも“怪しさ”を増幅させた。

そんな時間貸し駐車場には入庫時間が記されたレシートの受け渡し、出庫前に会計をしてくれる“管理人”が居たのだが、とにかく不愛想で鋭い目つきをしていた。単に人見知りだったのかもしれないが、今と違って反社は一般人との接点を持たなかった時代。“もしかしたら、この人は……”と勝手に勘繰ったものだ。

「月極駐車場」の存在は特段、謳われていなかったが、いつもその駐車場に鎮座していたクルマの1台がロールス・ロイス・シルバースパーのストレッチリムジンだった。どなたが所有していたのか定かではないが、六本木TSK CCCターミナルビルの真裏、という場所から筆者は想像を膨らませていた。オークションに登場したものはイギリスのコーチビルダー「ロバート・ジャンケル」が製作したもの。余談だが、ロバート・ジャンケルは「パンサー」という自動車ブランドを手掛けた人物でもある。



今回のオークションに出品されていた1990年式の当該シルバースパー・リムジン、六本木に鎮座していたものと同じか否かはまったく定かではないが、NTTドコモの自動車電話が日本から輸出されたものの証である。後席に鎮座するテレビ、ビデオデッキ、カセットテーププレイヤ―、アンプなどの“コンポ”が80年代のノスタルジーを感じさせる。CDチェンジャーはトランクに装備しており…、トランクカーペットの汚れにも何か理由があるのではないかと妄想してしまう。







ダッシュボードにはカーナビもしくはバックモニターを設置したであろう台座が残されたままだ。いつまで日本の道路を走っていたのか定かではないが、2013年にはクウェートに渡っていたことが写真からは伺える。なお、この度、当該車両が出品されていたのはオランダからである。



日本でのヒストリーについては一切不明だが、電動ガラス・パーテーションに“虎”が彫られていることから、よほどの阪神タイガースの大ファンか、やんごとなきご職業の方がお乗りだったのだろうか。予想落札価格は2万~3万ユーロであったが、たった1万6222ユーロで落札された。



リアのナンバープレートの封印部分の取り外しに苦戦したのか、思いっきり引っ張った跡が見てとれる。日本で仕入れた際、“そこまで”高くなかったから乱雑な扱いを受けたのだろう。また、右リア・ブレーキランプは穴が開いている状態ではあった。とはいうものの、詳細写真を見るかぎり、本革シートや外装パネルの塗装状態も33年前のクルマにしては“まぁまぁ綺麗”な状態が保たれている。真偽のほどは不明だが、オドメーターに刻まれた走行距離1万6428km。



バッテリーが接続されていない状態ゆえに、オークションハウスによる物件紹介でもハード面については一切言及されていないこと、リアのショックアブソーバーが“抜けた”ように見えるリアヘビーな真横写真などから安値での落札に繋がったのかもしれない。

それにしてもクラシックカー・オークションにおけるロールス・ロイスやベントレーは不思議だ。よほどのヒストリーやクラシックモデルでないかぎり、新車時価格を鑑みて「破格」で流通する。それだけ維持費がかかるのか、流動性が悪いのか…、中古車大好き人間としては試してみたくなる。




文:古賀貴司(自動車王国) Images:The Market by Bonhams

文:古賀貴司(自動車王国)

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