Audi Q8 Sportback e-tronで、晩秋の京都を目指すロングドライブへ

Atsuki KAWANO

EVは航続距離に縛られるからグランドツーリングには向かない。それが半ば定石だった。だがカーボンニュートラルへの歩みは着実に進み、最新のインフラを活用すれば、巷で思われるより環境負荷を減じつつも、確実に速くチャージできるようになっている。

今回の旅の伴はAudi Q8 Sportback e-tron。EVグランドツーリングの現実を探る。



ついに“オクタン”でガソリンを燃やさないロングツーリングをレポートすることに、ひとつの節目というか感慨を覚えないはずもない。何を燃やして走るか?が、今ほど問われている時代もないが、望むかぎりの最良を用意してくれるのが、プレミアム・ブランドのプレミアムたるゆえんでもある。

その点、アウディはやはり飛びきりの優等生だ。今回、伊豆を経由しながら京都を目指すEVグランドツーリングの手始めに、都内から「Q8 Sportback e-tron」をアウディ八王子へ走らせた。ここにはアウディジャパンのパートナー、パワーエックス社の「ハイパーチャージャー」が設置されている。どういうことか説明しよう。

パワーエックス社は再生エネルギーの普及のため、大型蓄電池の製造をしつつEV充電ステーションを展開している。つまりクリーン電力でEVをチャージする高速充電器だ。八王子はアウディ正規ディーラー内で初導入。店舗屋上の太陽光パネルで作られた電気は、備えつけの大容量蓄電池に一時的にストックされ、2口のポートは1台最大150kWでEVの充電が可能となっている。

アウディ八王子に初導入されたパワーエックス製のハイパーチャージャーで出発前充電のシーン。

ウェル・トゥ・ウィールの視点から、EVにはクリーンな電気を入れないと意味がないとは、しばしば指摘されるところだ。まだバッテリー残量が75%もあったものの、ものの数分でQ8 Sportback e-tronに、再エネ起源のクリーンな電力を約80%までトップアップできた。火力発電由来の数十kWの充電と気分が異なるのは確かで、望みさえすれば質は高められるのだ。

圏央道から小田原厚木道路、さらに箱根を抜け、伊豆スカイラインに入った。熱海や初島や伊豆大島、さらに三島に沼津まで、滝知山展望台を過ぎる辺りから、尾根づたいを進むたびに眺望が開けてくる。堂々たる体躯からは想像もつかないほど、ワインディングでQ8 Sportback e-tronは軽妙でしなやかな身のこなしを見せた。

車高と減衰力を自動調整するエアスプリングとアダプティブエアサスペンションのおかげで、街乗りから高速巡航、ワインディングまで、あらゆる速度域でしなやかさが持続する。

伊豆スカイラインの滝知山展望台は十国峠と玄岳の間に位置し、遠くに伊豆大島、近くに初島を望む。足元には東海道新幹線のトンネルが走り、熱海の街並を眼下に見下ろすスポットでもあるため、夜景の名所でもある。

パワートレインはエフィシェンシー、ステアリングはスポーツといった風に「インディヴィジュアル設定」で走っているのだが、自動に任せた回生ブレーキの制御がとにかくいい。手元のパドルで回生を強めなくてもアクセルペダルを浮かすだけで、滑らかに段階を踏みつつ減速Gが高まる。下り坂は無論、前走車との距離をコントロールしやすい。

にもかかわらず、アクセルオンでは踏んだ瞬間に回生モードを終え、引き摺り感なく加速態勢に移る。つまりパドル操作は減速時に追加ブレーキングとして手前に引くだけで、十分に車を操れる。速度域に応じて、必要なだけの剛性感に満ちたハンドリングごと、スムーズで快適に峠道をこなせるのだ。

中伊豆に差しかかると、ワサビ田に挟まれた沢沿いの道へと入った。ワサビは清流でしか栽培できないといわれる。環境にインパクトの少ないQ8 Sportback e-tronで訪れているからこそ、緑の静寂の中で、安堵にも似た充実感を新たにした。

火山質の岩盤と傾斜、無数の清流に恵まれた中伊豆の原風景といえるのが、ワサビ田だ。

やがて初日の投宿先、湯ヶ島の「おちあいろう」に到着する。都内から八王子を経由して、およそ200kmの道のりだ。要はEVオーナーが旅行を確実に快適に過ごせるよう、8kW普通充電器を旅館やホテルに設置しているのだ。ゆえに今回、ゆっくり温泉を楽しみながら、(普通充電の)効能を確かめるのに理想的な経由地が、ここ中伊豆のおちあいろうだったわけだ。

おちあいろうの門にて。リアハッチのガラスが前傾した、スポーティな後ろ姿が特徴的。

明治7年創業という由緒ある旅館の木造建築は、昭和初期に建てられた国の登録有形文化財で、数年前にリニューアルされた。つまり文化財に指定された建築に泊まる経験でもある。夕刻に建物内を巡る文化財ツアーも催され、国内外から取り寄せたという銘木奇木の柱や梁、雅な組子細工など、往時の大工の技巧の冴えを解説してくれる。旅館の名はふたつの川が合流する立地に由来し、山岡鉄舟が名づけたとか。川のせせらぎの音に包まれたこの地には、明治から昭和にかけて余多の文人が執筆のために訪れたという。

建物や部屋、貸し切りの露天風呂まで揃う温泉といったハードウェアそのものが魅力的であるのに加え、痒いところに手が届くようなサービスもこの旅館の魅力だ。木造の和室は寒いかと思いきや、部屋には床暖房が備わり、遮光を兼ねたカーテンの断熱効果も高く夜も快適に過ごせた。食についても、中伊豆は海の幸も山の幸も豊富で、雲丹やカマス、きのこや静岡産の牛肉など、晩秋の彩り豊かな会席料理が目も舌も楽しませてくれた。

書院造りと数寄屋造りが同居する木造建築は、昭和初期の職人技の集大成といえる。

宿泊客なら50分間毎に貸し切り可な「星の湯」。川を見下ろす大浴場は他にも2つある。

島崎藤村をはじめ文人らの好んだ風情が、今も漂う。
「おちあいろう」www.ochiairo.co.jp/


古き佳き、しかし今日らしく洗練された旅館ならではのもてなしを存分に味わった後に、ほぼ満充電で次の目的地を目指せることは、時間の無駄もなくありがたい。バッテリー保護のため充電パラメーターで100%から絞った設定ながらも、Q8 Sportback e-tronのバッテリーはから92%まで回復していた。

南陽一浩

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