連載:アナログ時代のクルマたち|Vol.23 フィアット1600Sスパイダー&クーペ

T. Etoh

ロッソビアンコ博物館には閉館するまで多くの収蔵モデルが存在し、中にはミュージアムの公式本にも掲載されていないモデルがある。今回紹介するフィアット1600Sもそんなモデルである。博物館には2台のフィアット1600Sがあり、そのうち1台はクーペ。もう1台はカブリオレで、いずれもピニンファリーナ・デザインのモデルである。独特なオフセットされたエアインテークが1600Sの特徴である。

フィアットは1957年に、後の車作りの重要な布石となったフィアット1200を発表した。4ドアセダンと2座のスパイダーである。基本的なベースはフィアット1100で、1100は戦前に作られていたバリラTVがベースだったから、特に目新しいということはなかった。大きく変わったのはそのボディである。1100の時代は丸みを帯びたスタイルであったのが、直線的で大きなウィンドウを持ったデザインに変えられた。グリーンハウス自体が大型化して、明るい室内をも持っていたことからグランルーチェなるニックネームもつけられたモデルだった。このボディは生産現場でコストを低減して生産する効果をもたらしたことが、後のフィアット車生産に大きな役割を果たすことになったのである。エンジンはOHVの1.2㍑で、新開発されたものだった。

半年遅れでデビューしたスパイダーに関しては、基本的に1100時代に作られた1100TV Trasformabileと呼ばれたモデルに1221ccの新エンジンを搭載したモデルだった。1100時代に組織された Fiat's Carrozzerie Speciali departmentの ファビオ・ルイジ・ラピ(Fabio Luigi Rapi)によってデザされたもので、ラップラウンドウィンドーを持つなどモダンなスタイルを持っている。しかし59年になるとスパイダーはピニンファリーナデザインのモデルに変更されるのである。



当時のフィアットは伝統的にいわゆるブレッド&バターカーのセダンに対し、スタイリッシュで魅力的なスパイダーやクーペモデルを同じメカニズムを使いながら少量生産して大衆車である主力のセダンを魅力的に見せる手法を取っていた。だが、フィアットでは搭載していたOHV1.2リッターのエンジンではスポーツモデルとしては性能的に不十分という結論に達したのか、同じ年、即ち1959年に新たに1.5リッターのツインカムエンジンを搭載したモデルを投入するのである。フィアット1500/1500Sと呼ばれたものがそれで、このエンジンはそのベースをOSCAが作ったツインカムヘッドを持つユニットを採用したものである。勿論OSCAのエンジンがそのまま搭載されていたわけではない。そこは大衆車メーカーであるフィアットらしく、コスト的に無理かあるアルミブロックは鋳鉄製に置き換えられていた。

ご存じの通りOSCAはマセラティ兄弟によって経営されていた会社である。フィアットにエンジンの制作権利を譲渡することで、あるメリットを享受できた。レースをやりたかった彼らは当時FIAが定めていたプロダクションクラスのエンジンとして認定を受けるためには500台の製造要件とそれを顧客に販売する要件を満たす必要があったのだが、フィアットがこのエンジンを生産し派生車種に展開することでこの要件が満たされ、それによってOSCAはプロダクションクラスに車をエントリーすることができるというウィンウィンの関係にあったのである。

1962年の半ばになるとエンジンはボアを2㎜広げて排気量を1568ccに引き上げた1600Sが登場。勿論ベースはOSCAが作ったツインカムユニットである。また、それより前の1960年からは新たにクーペバーションもピニンファリーナで展開されるようになり、2台の1.6リッター版がロッソビアンコに展示されていたということである。

このOSCAエンジンが搭載されたフィアットのスパイダーとクーペが作られていたのは1963年までのことで、その後は1.5リッターはOHVユニットに置き換えられてしまう。果たして何台のOSCAエンジン搭載車が生産されたかについては定かではないというが、FIAプロダクションカークラスに合致させることができたわけだから、最低でも500基のエンジンが作られ、それが顧客に市販されたことは間違いない。一説によればこのエンジンを搭載した車は全部で3089台が作られているというが、1600の方は僅か841台であるという。

第1回日本グランプリに出場した宇田川武良氏のフィアット1500スパイダー。

実はフィアット1500Sスパイダーは日本でも活躍した歴史がある。1963年に開催された第1回日本グランプリ。そのB-2クラスで6位に入った車こそ、フィアット1500Sスパイダーであった。ドライバーは宇田川武良氏。グランプリの後一度は手放してしまった氏は同型車を再度購入し今も手元に置いている。車体にははっきりと118Sシャシーナンバーと118のエンジン番号が記されている。

宇田川氏が現在所有されるフィアット1500スパイダー。ツインカムのOSCAベースのエンジンが搭載されている。


文:中村孝仁 写真:T. Etoh

中村孝仁

無料メールマガジン登録   人気の記事や編集部おすすめ記事を配信         
登録することで、会員規約に同意したものとみなされます。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

RANKING人気の記事