連載:アナログ時代のクルマたち|Vol.25 スタンゲリーニスポルト750ビアルベロ

T. Etoh

イタリア、モデナ…と言えば思い浮かべるのはフェラーリでありマセラティ、さらにはデ・トマゾ、最近ではパガーニもここに本拠を置くイタリアンスーパーカーの聖地的存在の都市である。

そんなスポーツカーの聖地において、最も古い歴史を持つのは実はフェラーリでもマセラティでもない。それはスタンゲリーニという小さなメーカーなのである。その歴史は古く前世紀、即ち1900年にまで遡るのだ。

設立したのはフランチェスコ・スタンゲリーニ。彼の父親であるチェルソ・スタンゲリーニから工場を引き継ぐのだが、チェルソが作っていたのはオーケストラなどで使われるティンパニーという打楽器。それを独自の機械チューニングシステムを使って仕上げていた。そんな工場を引き継いだフランチェスコであったが、彼自身強いモータースポーツへの情熱を持った人間で、はじめは自転車競技、そして徐々に自動車のモータースポーツにのめり込み、後に自らの名を冠した車を作るに至るのである。

1900年と言えばフィアットがイタリアで産声を上げた翌年のこと。フランチェスコは早速フィアットのディーラーとなった。今もモデナのスタンゲリーニ博物館に展示されているフィアットには、モデナ初のナンバープレートである1-MOが付けられている。

しかしフランチェスコは1932年に早逝し、事業は息子のヴィットリオ・スタンゲリーニに引き継がれた(当時まだ19歳の若さであった)。自動車ブランドとしてのスタンゲリーニを作り上げたのはこのヴィットリオである。フランチェスコの時代からフィアットのディーラーを経営し、さらにはアルファロメオやマセラティなどのチューニングも手掛けていたスタンゲリーニは、1937年になってSquadra Corsa Stanguellini(スクァドラ・コルサ・スタンゲリーニ)を設立した。父親や祖父の血を引き継いだのか、彼には経営とエンジニアリングの才能が合わさっていた。

このレーシングチームが設立される前年、ヴィットリオはすでにフィアットベースの750cc及び1100ccのモデルを作り上げており、翌1938年には早くもミレミリアの750ccクラスで優勝を遂げるのである。

1947年から50年にかけて製造された750ccツインカムエンジンは、スタンゲリーニの歴史の中でも白眉のエンジンと言ってよい。オーベルダン・ゴルフィエーリによって設計されたこのエンジンは、セミドーム型のピストンを持ち、リッター100馬力を超えるパワーと9000rpmの高回転を許容するもので、後期型のユニットはオールアルミ製のブロックとヘッドを持っていた。この750ccエンジンを搭載したレーシングカーはモノポストも含め、合計で17台が製造されている。



ロッソビアンコ博物館に収蔵されていたモデルはシャシーナンバー4075。この車は当時のパイオニアレーシングドライバーだった女性のアンナ・マリア・ペドゥッツィに引き渡され、彼女の手によって活躍したモデルである。アンナ・マリアはイタリア国内のレースに専念していたようであるが、驚くことにあのスクーデリア・フェラーリのワークスドライバーとしてフェラーリ500TRをドライブし、1959年のコッパ・サンアンブローズ・スポーツではこのマシンを見事に3位に導いたほどの実力を持つドライバーであった。1961年に引退するまでおよそ30年にわたりレース活動をつづけた女性レーサーで“マロッキーナ”の愛称で呼ばれた彼女はスタンゲリーニと強い結びつきを持ったドライバーでもあり、キャリアの中で750スポルト、750S、S1100などをドライブしていた。

アンナ・マリア・ペドゥッツィとスタンゲリーニ。

先日、7月に公開される映画『フェラーリ』の試写を見た。マイケル・マン監督、アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス出演の映画で、エンツォ・フェラーリの人間的側面を描いた映画である。劇中にはフェラーリの名車をはじめ、当時のドライバーの実名が出て来る(もちろん本人ではない)。レースシーンは悲劇的な1957年のミレミリアが描かれているのだが、フェラーリの工房を再現したシーンに出て来る作業台や製図台、さらには溶接機からドライバーに至る工具類などは、全て今モデナに存在するスタンゲリーニ博物館に収蔵される当時のものが使われているのだそうだ。そんなところからも改めてスタンゲリーニという小さいながら輝きを放ったメーカーにスポットを当てたいものだ。

エンツォ・フェラーリ(中央)とアンナ・マリア・ペドゥッツィ(左)。


文:中村孝仁 写真:T. Etoh

中村孝仁

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