『眠れる森の美女』が再び目を覚ました│「至高の空間」ル・ムーリス

パリで最も歴史のあるホテルが、大きなリノベーションを行った。改装が施された客室すべてからは、五感に響く心地良さがあふれ、調度品やインテリアの手触り、色、そして窓から景色など、そのすべての調和において、"至高の空間とは何か"をおしえてくれる。フランスの歴史と栄華を現代に語り掛けてくれる、ル・ムーリスに注目したい。

チュイルリー公園を見守りながら、その美しき庭園を包み込むように建つホテル・ル・ムーリス(Le Meurice)。今はなきチュイルリー宮殿の代わりを成すように、まるで宮殿のような佇まいで19世紀から多くの王侯貴族を迎えてきた歴史的"パレス"だ。パリの歴史を刻み、部屋のひとつひとつに数えきれないほどの物語を残してきた。そのル・ムーリスが、またひとつ新たなページを創り出すべく2019年7月にリノベーションを行った。


1917年7月12日、パブロ・ピカソが結婚披露宴を開催した部屋。ヴェルサイユ宮殿のトリアノンにインスピレーションを受けて、天井に楽器のデザインがなされている。壁の画はポンパドール夫人。シャンデリアや壁と天井のデコレーションは重要文化財。

大切にしたコンセプトは"18世紀フランスのスタイルに忠実であること"だ。改装が施された部屋は全29室で、3~6階に位置する。デザイナーたちは"現代のヴェルサイユ宮殿"をイメージしながら自然光を取り込み、シルクや、ダマス織、ベルベットといった素材をふんだんに取り入れた。


ドーチェスター・コレクションは、ヨーロッパとアメリカの美しく格式あるホテルをマネジメントするホテルグループ。パリにあるもう1つのドーチェスター・コレクションは、クラシックホテルの見本ともいえようプラザ・アテネである。

一方で現代の空気感をまとわせるために華美な装飾を省き、モダンな色彩や素材を加えたり、ライティング調整や、快適さを追求した最新テクノロジーを取り入れたり、デザインと快適性とのバランスが考え尽くされている。リノベーションが施された部屋からはパリを一望でき、歴史的建築物を楽しむことができる。ルーヴル美術館、エッフェル塔、アンヴァリッド、凱旋門、そしてもちろん目の前に広がるチュイルリー公園。日が暮れればパリの街が宝石のように輝きだし、ここは光の街パリなのだということを再認識することになる。


パブリックエリアを手掛けたのはデザイン界の風雲児フィリップ・スタルクだが、これはスタルクが蚤の市で見つけたチムニー。ジャン・コクトーの『美女と野獣』からインスピレーションを受けた創りあげたデザインだ。
 
インテリアのリノベーションについては、10年前から客室をデザインするデザイナー、シャルル・ジュフルがプロデュース。オペラ・ガルニエの素晴らしいカーテンやエリゼ宮のサロンをも手掛けたシャルル・ジュフルは、今回の改装を若いデザイナーカップル、ステュディオ ラリ&ベルジェ(Studio Lally & Berger) に託した。フランスの職人技を愛するこの二人のデザイナーは、2年前にもル・ムーリスとコラボレーションをして、ポンパドゥール・スイートを完成させている。
 
ホテル・ル・ムーリスの歴史は1771年にカレー( Calais )にて始まった。カレーはドーバー海峡を渡ってパリへと向かう英国上流階級の窓口となっていたが、1835年にはパリで最も高尚な場所ともいえるチュイルリー庭園を臨むパリ1 区でオープン。19 世紀当時に、上流階級が快適に過ごせるホテルはル・ムーリスをおいて他になかったと言っても過言ではない。


オペラ座の天井を参考にしてデザインされたダリ・ルーム。もともとはガラスのドームだった天井に大きな布をかぶせたような劇場型空間を生み出した。デザインはスタルクの娘、アラスタルノ・スタルク。風水の考え方を大切にし、空気が流れるように工夫したという。ホテルを訪れたゲストの、その時々の人間的感情を引き出してくれるような空間に、ついつい踊りたくなってしまう。

ル・ムーリスの令聞の高まりは19世紀後半にはとても大きなものとなっていった。イギリスのビクトリア女王やロシアからはチャイコフスキーが宿泊することにより、その威名にはさらに拍車が掛かる。常連客の上流階級だけでなく、各国の国王や国家元首が常宿として使用するうちに、ムーリスは「王族たちのホテル」とさえ呼ばれるようになった。
 
アーティストもル・ムーリスには目がなかった。エントランスフロアの、ひとつのバンケットルームに通されたときに、ここでパブロ・ピカソと彼の最初の妻であるオルガ・コクロヴァが結婚披露晩餐会をあげたと聞いて驚く。そんな逸話に枚挙に暇がないのがル・ムーリスのル・ムーリスたる由縁である。
 
サルバトール・ダリがル・ムーリスを愛したことも有名である。彼は30年以上に渡り、ル・ムーリスに年に1度、秋を選んで1カ月~2カ月ほどの滞在を楽しんだ。そのときは、かつてスペインのアルフォンス十三世が滞在したスイートを必ず指定したという。ダリの滞在で残された武勇伝は数えきれない。たとえば食事の時に「公園から蠅を獲ってきてほしい」と頼み、レストランからスタッフがいなくなることを楽しんだとか、また別の日には、スイートルームから路上に停車している車に向かって、壺に入った絵具を投げつけて"エクルプロージョン・アート"だと言いスタッフを困らせたとか。部屋に羊の群れ、大きな馬やバイクを迎え入れた話も広く語り継がれている。修繕のためチェックアウト時には莫大な請求が用意されたようだが、しかしル・ムーリスはそんないたずらさえ"遊び心"だと受け止める寛容さをもっていたのだろう。


このホテルの語り切れない魅力のうちの一つが、ダリ・ルームの隣に位置するバー。そこには一台のグランドピアノが置かれている。19 世紀末、チャイコフスキーがこのホテルでピアノソナタ2番「オルレアンの少女」をかきあげた。小さい頃から「家にピアノがあること」に憧れていたダリのためにと、スタルクが置いたものだ。このピアノのそばでグラスを傾ければ、心は19世紀の巴里にまで遡ることを可能にしてしまうのがムーリスの魔力だ。
 
もし願いが叶うなら、最上階のベル・エトワール・スイートで滞在を楽しんでみたい。フランス語で美しい星を意味し、また「洗練」という言葉の代名詞でもある。7 階に位置するこのスイートからはパリを 360 度眺められる。内装にはブロンズやシルバー、高品質オーク材をふんだんに用いられ、アトリエ シャルル・ジュフルによってオーダーメイドで作られた上質な家具を置かれる。10 名までのディナーが可能なダイニングと、そこに続くサロンスペースではホームシネマを楽しむこともできる。またこのスイートのもう一つの魅力は 295 ㎡のテラスだ。ガーデンデザイナー、ピエール・アレクサンドル・リセール(Pierre-Alexandre Risser) が手掛けたこの空間は、文字通り天空の庭である。合計で 620㎡の広さはパリで最も大きいスイートの一つである。


スイートルームの扉が開くと、目の前にはチュイルリー公園の庭園が広がる。庭園の風が吹き込む窓を開け、バルコニーに出ると、パリの街が一望できる。右手には凱旋門やエッフェル塔。左手にはルーヴル美術館や、オルセー美術館。ル・ムーリスがパリの中心地に位置する最高級ホテルであることを感じる瞬間だ。


最上階に位置するルーフトップスイートルーム、ベル・エトワールは トータルで620㎡の広さを誇り、このスイートからは、パリを 360 度見渡すことができる。 
 
200年の伝統を誇るル・ムーリスの歴史と拘りを五感で楽しめる空間を実現している。揺るがぬ魅力で人々を惹き付けて止まなかったル・ムーリスの大きな変化。まさに『眠れる森の美女』の目覚めである。

文:オクタン日本版 写真:櫻井朋成 words;Octane Japan Photo:Tomonari SAKURAI

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