ブラックとホワイトのポルシェ911│モータースポーツの歴史で重要な一台

Porsche AG

このブラックとホワイトのポルシェ911は、アメリカのモータースポーツの歴史にその名を初めて刻んだ911である。1966年のデイトナ24時間レースにおいて、ゼッケン18番を掲げ、2リッター GTクラスで勝利を獲得しているもので現在はコネリーコレクションに保管されている。

このクルマのストーリーにおいて、フリッツ・ジッティヒ・エンノ・ヴェルナー・フォン・ハンシュタインという重要人物がいる。1966年当時、ポルシェのブランドは現在ほど知られておらず、まだ若いメーカーだった。そして、ポルシェのレース監督だったフォン・ハンシュタインは、ポルシェが成熟したメーカーであることを、世に知らしめようとしていたのである。

デイトナ24時間レースこそがポルシェに相応しい場だと彼は考え、906の投入を決定。トップフィニッシュをサポートするため、さらに5台の904カレラ GTSも用意した。クラス優勝などはポルシェの眼中になかったのだ。エースのハンス・ヘルマンとヘルベルト・リンゲが906のステアリングを握り、彼らの前には3台のフォードGT40 MKII、そして8台のフェラーリ250LMと365 P2が立ちはだかっていた。



フォン・ハンシュタインはライバルの動向を注意深く観察していた。当初、彼はGTクラスのエントリーに混じっていたブラックの911のことを、気にもとめていなかったが、その存在に気がついてしまう。「この911はどこから来たのだろう?」。このとき、アメリカにおける911の販売台数は数百台しかなかったのだ。ブラックの911(シャシーナンバー300128)のファーストオーナーは、フロリダ州ジャクソンビルのポルシェ・ディーラーのハーバート・ブランデージである。これはアメリカに納車された2台目の911だった。彼は販売促進用のデモ車両として使用し、走行距離が3万マイルを超えた段階で販売を決めた。



2番目のオーナーは、アトランタでフォルクスワーゲン・ディラーを経営し、ポルシェ・クラブ・オブ・アメリカ(PCA)の会員、ジャック・ライアンだった。彼はレース愛好家でもあり、この車であればレースに勝てるかもしれないと考え、この911を所有することにした。


そして1966年 デイトナ24時間へ・・・次回へ続く

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