連載:アナログ時代のクルマたち|Vol.8 アバルト・アルファロメオ1300 コラーニ

T. Etoh

ダブルネームというケースはよくあることだが、トリプルネームとなるとなかなか存在しない。この車はアルファロメオのシャシーにアバルトチューンのエンジンを搭載し、ルイジ・コラーニがデザインしたボディが搭載された稀有な個体である。

そもそもの発端はカルロ・アバルトが空力性能に非常に熱心な人物であったところから始まる。確かにアバルトは速度記録挑戦車を多数作り、実際に速度記録も打ち立てている。小排気量では空力性能が非常に重要であることをよくわかっていたということだろう。1957年にアルファロメオはアバルトとのコラボレーションで1台の魅力的なクーペを作り出した。そもそも何故アルファロメオはアバルトとのコラボに興味を示したのか。それは1950年代に入り、ポルテッロの工場に1900の生産ラインが完成した時、アルファロメオではすべてのリソースをこの1900生産に振り向ける必要があり、レースにかけるリソースがなくなっていた。つまり、レーシングカーの開発を外部に委託する必要性が生じていたのである。その相手先として目を付けたのがアバルトだったというわけである。

最初の共同作業は750コンペティツィオーネの開発であった。しかし、アレーゼの首脳陣はあまり好感を持って迎えなかったようである。そして2番目のプロジェクトとして登場したのがアルファロメオ・アバルト1000であった。アルファロメオはエンジニアのマリオ・コルッチをアバルトに派遣した。彼はジュリエッタのパーツを使いつつチューブラーフレームを完成させるのである。シャシーの重さはたったの50㎏。車重も僅か640kgというコンパクトなクーペが完成した。エンジンはアバルトによってチューンされた998ccの4気筒ユニットが搭載された。排気量を落とした理由は、ドナーとなったジュリエッタとレースカテゴリーの競合を避けるためである。しかし、フロントサスペンション、リアのライブアクスル、ブレーキ、トランスミッションなどはすべてジュリエッタと共通であった。

魅力的なボディスタイルはベルトーネのフランコ・スカリオーネによって完成された。そしてこの車は3台が生産され、速度記録挑戦のためベルリンのAVUSに持ち込まれる。ところが持ち込まれたモデルは全てバーストにより大破してしまうのである。果たしてタイヤがもたなかったのか、あるいはボディ形状に空力的な問題があってコントロールを失ったのかは定かではない。いずれにせよこれが決定打となって、この魅力的なアルファロメオ・アバルト1000の開発は中止に追い込まれるのである。

大破した車は当時ベルリンでアルファロメオディーラーを営んでいたヘルベルト・シュルツという人物が買い取り、彼の元で再生が試みられた。その時デザインを依頼したのがルイジ・コラーニであった。ドアやウィンドシールド、あるいはリアの大きなキャノピー風のウィンドーなどにスカリオーネデザインの面影は見られるものの、シャープに尖ったノーズはピニンファリーナの速度記録挑戦車のようだし、独特なダブルバブルのルーフ形状はザガートデザインのそれのようであった。そして何よりもその前衛的フォルムはコラーニの作品であることを物語っていたのである。





エンジンはアルファロメオの1.3リッターユニットに置き換わり、車重が780kgに増えたものの、トップスピードは143km/hのモデルが出来上がった。そしてこの車はGTカーとして初めて、ニュルブルクリンク・ノルドシュライフェでラップタイム10分の壁を破ったモデルとなったのだ。

ロッソビアンコ・コレクションのオーナーであるピーターカウスは1962年にルイジ・コラーニ本人からこのアルファ・アバルトを購入し、彼自身サーキットレースやヒルクライムなどを楽しむ予定でいた。しかし、その後彼自身がアメリカに長期滞在したことでその夢は叶わず、ドイツのウルムにあるグラスファイバー工場の従業員にこれを売却した。それから15年後、カウスはウルム近郊のボディ工場に彼自身が形成した内装のポリウレタンフォームの残骸を発見。車体の一部もスクラップの山の中から発見されたのである。



驚くべき偶然から車は再びピーターカウスの元に戻ることになった。しかしながらロッソビアンコ博物館の閉鎖と共に、このトリプルネームを持つアルファ・アバルトは再び流浪の旅に出ることになる。2007年にはボナムスのオークションに登場。さらに2009年にはフランスのレトロモビルで売られていたが、それも買い手がつかなかったようである。

果たして現在はどこで棲息しているのだろうか。




文:中村孝仁 写真:T. Etoh

文:中村孝仁 写真:T. Etoh

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