パリ-ブレスト-パリのコンクール・ド・マシンで目をひく老舗マシン|アレックス・サンジェ

Tomonari SAKURAI

パリ-ブレスト-パリ(以下PBP)というと前回からコンクール・ド・マシンも同時に開催されることになった。それぞれのコンセプトで手作りした自転車に乗って1200kmを走破するもので、マシン作りと走りの両方を合わせた競技となる。元はといえば、1940年代~50年代に盛んだった自転車の競技会を現代に復活させたものだ。

前回からこれに参加する老舗アレックス・サンジェ。参加する中で唯一当時を経験し1946年にはGrand Prix Duraluminにおいて優勝経験のあるブランドだ。80年近く前のこの年、タイヤ無しの状態で6.875kgという驚異的な軽さをカーボンなどではなくスチールフレームで実現。チューブを繋ぐ溶接も最小限にするというところまで気を遣って作られたマシンが規定の距離を走り抜けての優勝したのだ。

会場内のサンジェのブース。過去にPBPを何度も走り抜いた自転車も展示されている。

アレックス・サンジェはパリの北ルヴァロワに1935年に誕生し、その当時のたたずまいを今に残し、変わらず“シューメジュール”、つまりオーダーメイドで自転車を作り続けている。今回このPBPに参加し、コンクール・ド・マシンにも参加するために組み上げた一台がある。このサンジェの手作り自転車は"自転車の宝石"と称えられるもので、日本にも大きな影響を与えた。いわゆるドロップハンドルのスタイルで、ロードバイクと片付けられてしまいそうだが、サンジェは基本的にランドナーと呼ばれる長距離を得意とする自転車なのだ。そのためにも、必要以上に軽さを求めるのではなく、柔軟なスチールフレームを使用することで疲労を最小限に抑えたりするといったコンセプトを貫いている。何より、スチールフレームは修理が可能だ。つまり、万が一転倒や事故で折れたり曲がったりしても修理が可能。それだけでなく、親子代々で受け継ぐことができる。父親が息子に譲るときに身長などが違っても、フレームのサイズ直しをして受け継ぐということだって実際にあるのだ。

今回、サンジェのワークスともいえる体制で挑む中、ライダーはアラン・ルフヴェイユ(62歳)。彼は父親から受け継いだサンジェを乗り継ぐサイクリストとしてもベテランでサンジェのサイクリングクラブ、ACBOのメンバーでもある。今回彼のオーダーでコンクール・ド・マシンに参加する自転車を作ることになった。

サンジェの伝統を活かし、その血統を受け継ぐ自転車を目指す。自転車を構成するものはギアや、ペダルやブレーキなどがあるわけだがそれらも長距離を走りやすく、またこの時だけでなく後世にも残せるような耐久性を確保し、なおかつエレガントで美しい自転車とする。

フレームはレイノルズの531。ランドナーでは定番のチューブ。決して最軽量とは言いがたいが耐久性もあるチューブだ。このチューブの歴史は長く大戦中のイギリスの爆撃機アブロランカスターや戦闘機などのフレームにも使用されたり、ジャガーEタイプのサブフレームに使用されたりしている。これをオーナーの身長や、技量に合わせてサイズを割り出していく。シートとペダルの角度などで走りが全く変わるのでオーナーと相談しながら寸法を決めていくのだ。

ダウンチューブの上にサンジェのロゴが付く。

チューブにレイノルズ531が使われている証がこのステッカー。

仕様が決まればルヴァロアのアトリエでサンジェの現オーナーであるオリビエ・スユーカが息子のワルターと共に組み上げていく。チューブを溶接していくわけだが、熱を均等に入れていかないと熱で膨張した金属が冷えて収縮するときに均等にならず見た目に真っ直ぐなフレームでも真っ直ぐ走らないということになってしまう。自転車ならではの職人技が必要なのだ。

チューブをジグに角度や位置を確認しながら寸法通りに固定しているオリビエ。

固定が完了すると、ろう付けが始まる。気分が乗っているときにやるということで、時には夜中、朝方にスイッチが入って起きだしてやり始めることもあるという。

長距離を走るためにバッグを乗せるラックなどが追加され、また昼夜通して走るために灯火類も装備される。バッテリーや、タイヤの回転で発電するダイナモを使うなどして、トラブルがあっても1つは動くように2系統の電源を確保する。

ライトは規定で別々の電源で2つ取り付けなければいけない。万が一1つが壊れたときの予備になるからだ。

リアもバッテリーで点灯できる予備のランプが付く。

PBPの参加車両は基本、人力であればそれ以外にうるさいことは言わない。ただし、安全の面から灯火類は厳しく規定されている。リアのランプへのケーブルはチューブの中を通っていて見た目にも美しい。

ブレーキには今はもうないフランス製のMAFACを使用する。十分な制動と、軽量、何よりも美しさからだ。フランスの自転車文化のもっとも華やかだった頃に完成されたブレーキの1つだ。老舗のサンジェにはそういったパーツも豊富に確保している。サンジェだからこそできる技だといえるだろう(パーツのみの販売は一切受け付けていない)。

アクセントとなるラグのメッキ。ハンドルステムもフレーム同様手作り。ブレーキは伝統の右側がリア、左側がフロントだ。

ブレーキにはフランスのMAFACコンペティションが付く。

シートにもフランスの伝統のイデアルモデル90がチョイス。乗れば乗るほど革が馴染んで快適になる。できあがった自転車はフランスの爽やかな夏空の、あるいはブレストの海の色のような透き通ったブルー。ゼッケンD227を付けてスタート前にランブイエ城のスタート地点の特設会場で発表展示された。

サドルはフランスの伝統のイデアル。もっとも人気のあるモデル90だ。

PBPのゼッケン。ナンバーの他、国旗と名前が記載されている。

8月20日、世界中から集まった8000人近い参加者が西に向かってスタートしていく。ブレストまでの600kmを往復し、規定のチェックポイントを通過して90時間以内に戻ってくる。1200kmの旅が始まった。しかし初日の300kmを超えたあたりでアランは転倒。鎖骨を折る大きな事故となった。残念ながらリタイアになってしまったのだ。

この日のために200kmから600kmをこなした強者達でも全体での完走率は60%を切るという。今回日本からの参加者は400人以上。その中ではやはり落車で大腿骨を折る重傷者まで出た、サバイバルな、過酷な競技なのだ。今回サンジェのワークスマシンはこのように事故に見舞われてしまったが、ライダーは異なれど1948年からサンジェの自転車はパリ-ブレスト-パリに、のべ1000台以上が参加し、1200kmを走っている。サンジェの伝統的な自転車作りの継承はこれからも続くのだ。

SRAMのチェーン、Microsiftのディレーラー、Miche Supertype Zicral 10 スピードカセット、ギアは13/29Tをチョイス。

チェーンリングはフランスTAカルミナ。50X42X28Tの3枚。これならばどんな道でも走りきることができる。

エコが進む中、自分だけの自転車をオーダーしてみてはいかがだろうか?ちょっとパリまで自転車をオーダーに。

ブティックの前での写真(アレックスサンジェ提供)


写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI

櫻井朋成

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