史上最高のロードカー、マクラーレンF1と過ごした48時間|熱狂の裏に潜んだ真実【前編】

Tim Scott

「史上最高のロードカー」の称号をいまもほしいままにしているマクラーレンF1。誕生から30年を経たいま、ふたつの物語からその真の姿を、前編・中編・後編に分けてご紹介しよう。



STORY 1:ジョン・バーカーが振り返るマクラーレンF1


『Performance Car』誌の元ロードカーテスト担当編集者で、1995年初頭にマクラーレンF1と2日間を過ごした人物。最近、その続編ともいえる経験をした。


それはマクラーレンF1と過ごした2日目の、午後遅くのことだった。私はふたつあるパッセンジャーシートのひとつに腰掛けると、車体の中央に位置したステアリングは、私が心から信頼するとあるドライバーに委ねた。彼の運転は、その時点まで「小気味いいけれど快適」と呼べるペースに思えた。ヨークシャー州郊外のB級道路は舗装もスムーズだったが、小さなランダバウトを出た先には走る車もなく、真っ直ぐの道が少なくとも1マイル(約1.6km)は続いていた。ここは一発決めないと、車に失礼というものだろう。

一旦停止するためにスロットルペダルを緩めると、巨大なV12エンジンは深い呼吸を始め、吸気系は独特なスタッカートを刻むようになる。そこから一気に加速すれば、荘厳でいて、かすかに恐怖を呼び覚ますサウンドがあたりに響き渡る。並外れた加速感は、乗車していた3人をそのままシートに括りつけたような状態にした。やがて2速は3速に変わり、3速は4速になったが、それまでの勢いはほとんど衰えることなく、4速から5速へとシフトアップ。周囲の景色は恐ろしい勢いで後方に飛び去っていった。5速でリミッターに当たる前に、ドライバーはスロットルペダルを緩める。私は「フーッ」と深い嘆息をついた。その数日後、F1のギア比をチェックした私は、5速で180mph(約288km/h)まで到達できることを知った。

ロン・デニスからの誘い


もしも世界でもっとも速く、もっとも高価で、もっともパワフルな車と48時間を過ごすことができたなら、一瞬一瞬のすべてが忘れがたい経験となるだろう。ただし、そのようなことは滅多に起きるものではない。この2、3日前のこと、私が『Performance Car』のオフィスにいると、電話のベルが鳴った。電話の主は、マクラーレン・カーズのロン・デニスだった。「ちょうどクラッチの交換が終わったところでね、これが恐ろしく高くつくんだ。それで、君たちが僕の車でなにをしたいか、是非、教えて欲しいと思っているんだ」なんてことだ!『AUTOCAR』や『CAR』誌は、実に感心するようなリポートをすでに掲載していたので、私はもうちょっと違った視点で記事を執筆したいと考えていたものの、クリーソープスまでドライブして私の母や兄弟、それに友人を乗せてみたいというアイデアをロンに伝えるのは、いささか憚られる。そこで「世界最高の車に乗った人々が、どんな印象を持ったかを聞いてみたい」とだけ答えることにした。受話器の向こう側から、ロンの重苦しい沈黙が伝わってきた。

それから数日が経ち、シャシーナンバー003、K4 MCLのナンバープレートを持つF1がトレーラーに乗せられて私のオフィスにやってきた。この後、私がステアリングを握る機会はたっぷりとあったので、最初のドライブは、同僚のデイヴィド・ヴィヴィアンに譲ることとした。この日の路面はウェットで、すでに私自身がF1をドライブしていたことも、彼にステアリングを委ねた理由のひとつだった。これに先立ち、副編集長のジェイソン・バーロウと私は、カッスルクーム・サーキットで行われたマクラーレンのテスト走行に立ち会うとともに、公道でドライブするチャンスを得ていた。そう、私たちはもう“乗って”いたのだ。

私たちのドライバーを務めてくれたのはジョナサン・パーマーだ。サーキットでダンパー・テストを行っていた彼は、走行を中断すると、F1のパフォーマンスを私たちに披露してくれた。その経験を、私は決して忘れることができないだろう。そのときパーマーは、F1の恐るべきトラクション性能を発揮させながら、“ちょっとだけ”スピードを出して自在に操ってみせると、627psを生み出すBMWモータースポーツ製V12の完全無欠なマナーを私たちに思い知らせたのである。しかも、その車の動きからは、“マス”というものが一切感じられなかった。ゴードン・マーレイというデザイナーが、徹底的に軽量設計を追求する求道者であることは、みなさんもご存じのとおりである。

最高の作り込み


F1は、カーボンファイバー・モノコックを用いた史上初のロードカーではないものの、エアロスパシアル社製のタブ、V12クワッドターボエンジン、4WDを搭載したブガッティEB110より数100kg軽く、レーシングカーにナンバープレートをつけただけといってもおかしくないジャガーXJR-15よりたった100kgしか重くない。

マクラーレンの技術陣はデザイン、パッケージング、そして緻密な作り込みという点においても天才的であり、美しく仕上げられたキャビンはエアコンがよく効き、レザー・トリムが施され、ケンウッドのCDサウンドシステムを備えているほか、ボディの両サイドにはラゲッジルームが設けられ、3人分のシートが用意されている。F1が金に糸目をつけずに作られたのは間違いないが、無意味にぜいたくなわけではなく、卓越したエンジニアリングと最小限の車重を純粋に追究したスポーツカーといえる。その結果として用いられたのが、排熱を反射するためにエンジンカバーの内側に貼り付けられた“金箔”であり、チタンで作られたエグゾースト系のメインサイレンサー(これは後方衝突時の衝撃吸収にも役立てられる)であり、マグネシウム合金製のホイールであり、そしていうまでもなく、カーボンファイバーとケヴラーを用いて製作されたモノコックとボディパネルなのである。



ドライバーズ・シートを中央に設けたレイアウトは、ドライビングを最優先に考えて採用されたものだ。薄いクッションが貼られただけの、モノコックと一体化された左右のパッセンジャーシートに腰掛けると、自分が荷物かサイドインパクトの衝撃吸収部材のように扱われている気分になるが、実際にはなかなか快適で、前方視界はまるで映画のように広々としているほか、エアインテークが頭上を通過している関係で痺れるような快音を味わえる。



われわれはF1の従順なマナーにいたく感動していたが、パーマーは次のT字路で激しいドライビングを演じてわれわれに恐怖の念を植え付けた。V12を咆吼させると、超ワイドなグッドイヤー製リアタイヤのグリップを失わせたのだ。数マイル走ったところで、反対側のパッセンジャーシートに腰掛けるジェイソンの顔を覗き込むと、私と同じ大きく目を見開く動作を投げ返してきた。

さらに決定的だったのが、右90度のコーナーを激しく攻めていると、100mほど前方に左90度のコーナーに向けてアプローチしているハッチバックを目にしたときのこと。このハッチバックはちょうどブレーキングを開始したところだったが、パーマーはV12のパワーを解き放つと、その左コーナーに向けて強烈に加速。「コイツは絶対に無理だ」と確信した私の心配をよそに、アペックスでハッチバックを抜き去ったのである。

ドクター・パーマーは、ときとしてこうしたデモを行い、購入を検討している顧客にF1のポテンシャルを見つけているのだという。 私は同僚や友人、そして母親をF1に招き入れると、V12エンジンのスロットルペダルを踏み込むことで、同様の恐怖心を植え付けてみせた。私が得意とする地元のコーナーを走り抜けたとき、弊誌のアートエディターは「車を停めて!」と懇願し、車酔いが収まるまでヨタヨタしながら歩いているほどだった。経験豊富で何ごとにも動じない二輪ジャーナリストのマーク・フォーサイスは、こんな文章を記してF1に対する驚きを表現した。「その加速感は、まるでクリケットのバットで顔面を殴られたかと思うほど凄まじく、エンジンから絞り出されたサウンドで逆毛立った首のまわりのうぶ毛は、数週間経ったいまもそのままだ」



これまでフェラーリF40、ジャガーXJ220、ランボルギーニ・ディアブロなどに試乗したことがあるが、すべての側面において、マクラーレンは別次元にある。ドライバーズ・シートに乗り込むには少しみっともない姿勢をとらなければいけないが、ひとたび腰掛けてしまえば、セントラル・ドライビング・ポジションはとても自然に感じられ、従来の「左右に偏ったドライバーズ・シート」が妥協の産物でしかないように思えてくる。クラッチペダル、それにストロークが長くてリニアリティが恐ろしく良好なスロットルペダルの感触に馴染めば、右側にレイアウトされたシフトレバーを操るのは難しくない。そして大排気量のV12エンジンは、軽量フライホイールの効果もあって、吹き上がりは恐ろしく鋭い。

そしていつでも、いついかなるときでも、スロットルペダルを深く踏み込んで数秒も経てば、まるで別次元に放り込まれたかのような印象を抱くはず。この2日間で、6人がドライブし、20人以上がパッセンジャーシートに腰掛けたが、誰もが、その圧倒的でいつ終わるともしれない加速感に打ちのめされた様子だった。

【中編】に続く

編集翻訳:大谷達也 Transcreation: Tatsuya OTANI 
Words: John Barker Photography: Tim Scott

編集翻訳:大谷達也

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