連載:アナログ時代のクルマたち|Vol.24 ポルシェ356Aスピードスター&356Aカレラスピードスター

T. Etoh

ポルシェの名が付くスポーツカーが誕生したのは第2次世界大戦後のことである。その基本構造が、同じポルシェ博士が開発をしたフォルクスワーゲン・ビートルと同じだったことから、“ビタミン剤を飲み過ぎたビートル”などと揶揄されることもあったが、その高性能とドイツらしい緻密な作りが人気を博して、徐々に知名度を上げて行った。北米の輸出が始まったのは1950年のこと。VWの輸入も担当していたニューヨークのマックス・ホフマンが輸入を開始した。しかし、比較的高価だったことがネックになっていた。そこでホフマンはフェリー・ポルシェに対して、より安価でスポーティーなモデルを投入すればアメリカ市場では効果的であることを提案。こうして誕生したのがスピードスターである。今でこそ356シリーズの中では高値で取引されるスピードスターだが、その誕生の背景は廉価版として投入されたものだったのである。

1953年にアメリカ市場で発売されていたヨーロッパ製スポーツの雄、オースチン・ヒーレー100の価格が2850ドルであり、これは当時最も安かったポルシェより1400ドルも安かったという。そこで、ホフマンは3000ドル以下のポルシェを開発するように要請したのだ。しかしながら、サイドウインドーはなく、ヒーターもオプションだったことから、“Ice Box”なる有り難くないニックネームも頂戴していた。しかし、販売は好調で1954年には1800台を販売した。とはいえ初期のスピードスターに搭載されていたエンジンは1.3リッターもしくは1.5リッターのOHVフラット4エンジンで、パワーも最大で70psしか出ていなかった。そこで、より高性能を求めたエンジンが、当時のエンジニア、エルンスト・フールマンによって開発された。それがタイプ547と呼ばれた、ツインカムのフラット4エンジンであった。一般的にツインカムのポルシェ356と言えば、すぐにカレラ2000GSを思い浮かべるが、すでにプリAの356時代からツインカムは搭載されていたのである。1.5リッターのこのエンジンはOHVのユニットとは異なり、ローラーベアリングに支持されたクランクシャフトを持ち、ベベルギア駆動とされて、最高回転数も7000rpmを超えていたという。

このエンジンはその後1952~54年にかけて開催されたメキシコのカレラ・パンアメリカーナでの成功から、カレラエンジンと呼ばれるようになる。そしてこのエンジンを搭載したスピードスターも、1955年から356Aカレラ・スピードスターと呼ばれるようになった。その生産台数は僅か151台と言われる。余談ながらこの547エンジンは元来550スパイダー用として開発されたレーシングエンジンであり、そのデチューン版が356に搭載された。

1957年ポルシェ356カレラGTのエンジンルーム(2023年ぺブルビーチ・コンクールデレガンスにて撮影)

ロッソビアンコ博物館にはノーマルの356Aスピードスターに加えて、このカレラスピードスターも展示されているのだが、そこにある車両解説によれば、排気量は1.6リッターでありパフォーマンスも158psと、フールマンの開発したタイプ547エンジンとはかけ離れたパワーを持つエンジンである。



そんなエンジンを搭載した356が存在するのか。そこで調べてみると、あった!エンジンタイプは692/2と呼ばれるもので、排気量はボアをそれまでの85mmから87.5mmに引き上げて1588ccに拡大したものだった。フールマンが開発した547エンジンを、クラウス・フォン・リュッカーというエンジニアが改良を施したものである。初期のプロトタイプエンジン(692/0)こそフールマンの設計した547と同じローラーベアリングを採用したものだったが、692/1と呼ばれたエンジンからはプレーンベアリングに変更され、ディストリビューターの位置なども異なっていた。ただし、この時はまだ排気量が1.5リッターのままだったが、692/2からは前述のボアを持った1.6リッターに引き上げられている。この692エンジンは692/3まで存在し、692/3はレーシングエンジンとして開発されたものだったという。

因みに692/2にはソレックス40PⅡ-4キャブレターが。そして692/3にはウェーバー40DCM-2キャブレターが装備された。エンジンのパフォーマンスはそれぞれ105ps、115psであった。ただ、この解説にあるような158psというパフォーマンスを持つエンジンは残念ながら見当たらなかった。また、692/3でレースをするユーザーには12Vのバッテリーも用意されたようである。

残念ながらエンジンルームの写真がないので、果たしてこのカレラ・スピードスターがどのエンジンを搭載しているかは不明であるが、アバルトカレラに搭載されたエンジンには140bhpに引き上げられたものも存在した。

いずれにせよ、人気のあったスピードスターだけにプリA時代のスピードスターは約1900台。356T1時代のスピードスターは1791台。そして356T2時代のスピードスターは1131台が作られている。しかし、もしこのクルマが692エンジン搭載車であるなら、その数は極めて少ないはずである。


文:中村孝仁 写真:T. Etoh

中村孝仁

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